大和俗訓 / 巻之六・躬行上
一司馬溫公の曰、人の恩をうけて、そむくに忍びざる者は、其人必忠孝ならんと。此言、道理至極せり。然れば、恩をうけて忘るゝものは、忠孝ともに無かるべし。忠孝君父の恩を不忘道なり。俗語に、恩を不知は木石にひとしといへるも、恩を知らざるは、人の心なきなり。君子の道、天地につかへて仁を行ひ、父母に孝を行ひ、君に忠をつくし、師をたつとび、故舊にあつくするは、皆恩をむくゆる道なり。人の性によりて、無學なる俗人にも、恩を忘れずして節義をつとめ、禮を缺かざる者あり。是其天性のすぐれたる所なり。其善行貴ぶべし。又よのつねの事は、才ありて惡人ならざれども、舊恩を忘するゝ者あり。義なしといふべし。
新字:一司馬温公の曰、人の恩をうけて、そむくに忍びざる者は、其人必忠孝ならんと。此言、道理至極せり。然れば、恩をうけて忘るゝものは、忠孝ともに無かるべし。忠孝君父の恩を不忘道なり。俗語に、恩を不知は木石にひとしといへるも、恩を知らざるは、人の心なきなり。君子の道、天地につかへて仁を行ひ、父母に孝を行ひ、君に忠をつくし、師をたつとび、故旧にあつくするは、皆恩をむくゆる道なり。人の性によりて、無学なる俗人にも、恩を忘れずして節義をつとめ、礼を欠かざる者あり。是其天性のすぐれたる所なり。其善行貴ぶべし。又よのつねの事は、才ありて悪人ならざれども、旧恩を忘するゝ者あり。義なしといふべし。
書き下し
一司馬温公の曰、人の恩をうけて、そむくに忍びざる者は、其人必忠孝ならんと。此言、道理至極せり。然れば、恩をうけて忘るるものは、忠孝ともに無かるべし。忠孝君父の恩を不忘道なり。俗語に、恩を不知は木石にひとしといへるも、恩を知らざるは、人の心なきなり。君子の道、天地につかへて仁を行ひ、父母に孝を行ひ、君に忠をつくし、師をたつとび、故旧にあつくするは、皆恩をむくゆる道なり。人の性によりて、無学なる俗人にも、恩を忘れずして節義をつとめ、礼を欠かざる者あり。是其天性のすぐれたる所なり。其善行貴ぶべし。又よのつねの事は、才ありて悪人ならざれども、旧恩を忘するる者あり。義なしといふべし。
現代語訳
司馬温公が言いました。「人の恩を受けて、そむくに忍びない者は、その人は必ず忠孝であろう」と。この言葉は道理をきわめています。そうであれば、恩を受けて忘れる者は、忠孝ともにないでしょう。忠孝は君父の恩を忘れない道です。俗語に「恩を知らないのは木石と同じ」というのも、恩を知らないのは人の心がないということです。君子の道は、天地に仕えて仁を行い、父母に孝を行い、主君に忠を尽くし、師を尊び、古なじみに厚くすることで、みな恩に報いる道です。人の性質によって、学問のない俗人でも、恩を忘れずに節義を努め、礼を欠かさない者がいます。これはその天性のすぐれたところです。その善行は尊ぶべきです。また世の常として、才能があって悪人ではないけれども、昔の恩を忘れる者がいます。義がないと言うべきです。
解説
この章句が説くこと
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