大和俗訓 / 巻之六・躬行上
一凡の人、財祿を得ることを好まざるはなし。これを好まば、家業をよく務むべし。又長生を好まざるはなし。これを好まば、養生の道をよく務むべし。又義を好まざるはなし。これを好まば、學問をつとめて義理を知るべし。
新字:一凡の人、財禄を得ることを好まざるはなし。これを好まば、家業をよく務むべし。又長生を好まざるはなし。これを好まば、養生の道をよく務むべし。又義を好まざるはなし。これを好まば、学問をつとめて義理を知るべし。
書き下し
一凡の人、財禄を得ることを好まざるはなし。これを好まば、家業をよく務むべし。又長生を好まざるはなし。これを好まば、養生の道をよく務むべし。又義を好まざるはなし。これを好まば、学問をつとめて義理を知るべし。
現代語訳
およそ人で、財や禄を得ることを好まない者はいません。これを好むなら、家業をよく努めなさい。また長生きを好まない者はいません。これを好むなら、養生の道をよく努めなさい。また義を好まない者はいません。これを好むなら、学問を努めて義理を知りなさい。
解説
前の段の三つの務めを、願いと努力の対応として簡潔にまとめています。お金が欲しければ仕事に励み、長生きしたければ養生に努め、正しく生きたければ学問で道理を学べ。誰もが望むことには、それぞれ得るための道筋があるというのです。当たり前のようですが、人は願うだけで努力を怠りがちです。宝くじより地道な仕事、健康食品より日々の節制、というように、望みと行動を結びつけて考える習慣の大切さを、この短い一条は思い出させてくれます。
この章句が説くこと
家業養生学問義努力
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言志四録・言志録 第百九十九条 心の智愚は学びて変ずべし人の受くる所の気、其の厚薄の分数は、大抵相若く。躯の大小、寿の脩短、力の強弱、心の智愚の如き、大いに相遠き者無し。其の間一処の受くること厚き者有れば、皆之を非常と謂ふ。非常は則ち姑く之を置く。常人の如きに就きては、躯と寿と力との分数は、之を奈何ともすべからず。独り心の智愚に至りては、学びて之を変化すべし。故に博く学び、審かに問ひ、慎みて思ひ、明らかに弁じ、篤く行ふ。人一たび十たびすれば、己は之を百たび千たびす。果たして此の道を能くせば、愚なりと雖も必ず明らかに、柔なりと雖も必ず強からん。以て漸く非常の域に進むべし。蓋し此の理有り。但だ常人は多く遊惰にして然ること能はず。豈に亦天に算籌有るか。
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『慎思録』巻之四程子曰く、既に学びて、先づ功業を以て意と為す者有るは、学に於て便ち相害す、と。篤信謂ふ、程子の後、陳同父の事功の学も、亦た朱子の之を誹議する所以の如し。程子の時、既に此の学を為す者有り。学術の差、世を異にして暗に相同じきこと此の如き者有り。孔子曰く、用ひらるれば則ち行ひ、舎てらるれば則ち蔵る、と。孟子曰く、古の人、窮すれば則ち独り其の身を善くし、達すれば則ち兼ねて天下を善くす、と。夫れ行蔵は須らく其の遇ふ所に安んずべし。今窮して下に在る者、功業を立つるを以て志と為す。此れ窮達行蔵を処するの道を知らずして、義無く命無しと謂ふべきなり。
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『童子問』卷上問ふ、忠信は固より美徳たり。然れども信を好みて学を好まざれば、其の蔽や賊なり。則ち又未だ必ずしも蔽無からず。曰く、然り。語に曰く、「信、義に近ければ、言復むべし」と。孟子曰く、「大人は、言必ずしも信ならず、行ひ必ずしも果ならず、唯義の在る所のままにす」と。蓋し徒に信を好みて義に合はざれば、必ず道を害す。然れども十分に通徹し、必ず忠に必ず信にして、而る後に以て此の言を為すべし。若し内に忠信を尽くさず、少しの疎漏有れば、則ち先づ義を併せて之を失ふ。何の学問か之有らん。蓋し物に接するの間、欺かず詐らず、十分真実にして、堅く執りて回らざる、忠信の謂なり。千変万化、機に臨みて宜しきを制し、取捨失はざる、義の功なり。忠信は万事の根本、義は学問の大用なり。故に学者は当に忠信を以て基と為して、義以て之を制すべし。故に曰く、「忠信を主とし義に従ふは、徳を崇くするなり」と。夫子も亦嘗て曰く、「十室の邑、必ず忠信丘が如き者有らん。丘の学を好むに如かざるなり」と。忠信は固より美徳たり、然れども学びて以て之を成さざれば、則ち善と為すに足らざるを言ふなり。此れ亦学者の当に慮りを弾くすべき所なり。
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