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大和俗訓 / 巻之六・躬行上

しかれば富貴より、命はおもきにあらずや。故曰、務業より養生は重し。又君父のために命をすつるは、云ふに及ばず、朋友とつれ立て道を行くに、もし向より人來りて、朋友と口論し鬪はゞ士ほどの者は、其友を見すてゝ、逃ぐる人あるべからず。たゝかひて死すれども、かへりみず。又わづかなる祿を得て、君に仕ふる下部も、主人のため命をすつるは、めづらしからず。是生命より義理はおもきにあらずや。凡此三は、天下の人、むまれつきて、各其心にねがふ所にして、又行ふべき當然の道なり。つとめて怠るべからず。其内に、輕重あること此の如し。義理の、生命よりも富貴よりも、重く貴ぶべきこと、是を以て知るべし。然れば、命ををしみて義理を失ふは、輕重を知らざるなり。いはんや利欲によりて大なる義理を失ふは、いふにおよばず。

新字:しかれば富貴より、命はおもきにあらずや。故曰、務業より養生は重し。又君父のために命をすつるは、云ふに及ばず、朋友とつれ立て道を行くに、もし向より人来りて、朋友と口論し闘はゞ士ほどの者は、其友を見すてゝ、逃ぐる人あるべからず。たゝかひて死すれども、かへりみず。又わづかなる禄を得て、君に仕ふる下部も、主人のため命をすつるは、めづらしからず。是生命より義理はおもきにあらずや。凡此三は、天下の人、むまれつきて、各其心にねがふ所にして、又行ふべき当然の道なり。つとめて怠るべからず。其内に、軽重あること此の如し。義理の、生命よりも富貴よりも、重く貴ぶべきこと、是を以て知るべし。然れば、命ををしみて義理を失ふは、軽重を知らざるなり。いはんや利欲によりて大なる義理を失ふは、いふにおよばず。

書き下し

しかれば富貴より、命はおもきにあらずや。故曰、務業より養生は重し。又君父のために命をすつるは、云ふに及ばず、朋友とつれ立て道を行くに、もし向より人来りて、朋友と口論し闘はば士ほどの者は、其友を見すてて、逃ぐる人あるべからず。たたかひて死すれども、かへりみず。又わづかなる禄を得て、君に仕ふる下部も、主人のため命をすつるは、めづらしからず。是生命より義理はおもきにあらずや。凡此三は、天下の人、むまれつきて、各其心にねがふ所にして、又行ふべき当然の道なり。つとめて怠るべからず。其内に、軽重あること此の如し。義理の、生命よりも富貴よりも、重く貴ぶべきこと、是を以て知るべし。然れば、命ををしみて義理を失ふは、軽重を知らざるなり。いはんや利欲によりて大なる義理を失ふは、いふにおよばず。

現代語訳

そうであれば、富貴より命が重いのではありませんか。だから、務業より養生が重いというのです。また君父のために命を捨てるのは言うまでもなく、友人と連れ立って道を行くとき、もし向こうから人が来て友人と口論し戦ったなら、武士ほどの者は、その友を見捨てて逃げる人はいないでしょう。戦って死んでもかえりみません。またわずかな禄を得て主君に仕える下働きの者でも、主人のために命を捨てるのは珍しくありません。これは命より義理が重いのではありませんか。およそこの三つは、天下の人が生まれつきそれぞれの心に願うところで、また行うべき当然の道です。努めて怠ってはいけません。その中に軽重があることはこのとおりです。義理が命よりも富貴よりも重く尊ぶべきことを、これによって知りなさい。そうであれば、命を惜しんで義理を失うのは、軽重を知らないのです。まして利欲によって大きな義理を失うのは、言うまでもありません。

解説

富より命が重く、命より義が重いという結論を、友を見捨てない武士や主人のために命を捨てる奉公人の例で示しています。『孟子』告子上篇の「生を捨てて義を取る」にも通じる考えです。命を捨てることを勧める表現は、武士の時代の価値観として読む必要があります。ただ、損得のために大切な人を見捨てたり、信義を裏切ったりすることは、命より重いものを失う行為だという指摘は今も重く響きます。まして目先の利益で信用を失うことの愚かさは言うまでもありません。

この章句が説くこと

義命富貴節義孟子

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