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大和俗訓 / 巻之六・躬行上

三には行義は、身ををさめて人倫の道をあつく行ひ、道理にかなはん事を願ふを云ふ。義を行はざれば、人道を失ふ。凡務業富貴に居り、生を養ひて長生を得ても、人の道なくんば、禽獸にちかくして、生けるかひなし。古の聖人これをうれひて、師を立て、學を立て、人倫の道ををしへ、義理を知らしめ給ふ。此三の内、務業より養生はおもく、養生より行義はおもし。いかんとなれば、務業は富貴をきはむるを宗とす。國土を領し、高位にのほるは、富貴のきはまりなり。されども壽命なければ、富貴も用なし。たゞ今、人ありて、汝に國土をゆづり、高位をさづくべし、然らば汝が命をうばふべしとならば、至て欲ふかき愚なる人も、命を失ひて國土と位を得んと思ふ者あるべからず。

新字:三には行義は、身ををさめて人倫の道をあつく行ひ、道理にかなはん事を願ふを云ふ。義を行はざれば、人道を失ふ。凡務業富貴に居り、生を養ひて長生を得ても、人の道なくんば、禽獣にちかくして、生けるかひなし。古の聖人これをうれひて、師を立て、学を立て、人倫の道ををしへ、義理を知らしめ給ふ。此三の内、務業より養生はおもく、養生より行義はおもし。いかんとなれば、務業は富貴をきはむるを宗とす。国土を領し、高位にのほるは、富貴のきはまりなり。されども寿命なければ、富貴も用なし。たゞ今、人ありて、汝に国土をゆづり、高位をさづくべし、然らば汝が命をうばふべしとならば、至て欲ふかき愚なる人も、命を失ひて国土と位を得んと思ふ者あるべからず。

書き下し

三には行義は、身ををさめて人倫の道をあつく行ひ、道理にかなはん事を願ふを云ふ。義を行はざれば、人道を失ふ。凡務業富貴に居り、生を養ひて長生を得ても、人の道なくんば、禽獣にちかくして、生けるかひなし。古の聖人これをうれひて、師を立て、学を立て、人倫の道ををしへ、義理を知らしめ給ふ。此三の内、務業より養生はおもく、養生より行義はおもし。いかんとなれば、務業は富貴をきはむるを宗とす。国土を領し、高位にのほるは、富貴のきはまりなり。されども寿命なければ、富貴も用なし。ただ今、人ありて、汝に国土をゆづり、高位をさづくべし、然らば汝が命をうばふべしとならば、至て欲ふかき愚なる人も、命を失ひて国土と位を得んと思ふ者あるべからず。

現代語訳

三つには行義とは、身を修めて人倫の道を厚く行い、道理にかなうことを願うことをいいます。義を行わなければ、人の道を失います。およそ務業によって富貴におり、生を養って長生きを得ても、人の道がなければ、鳥獣に近くて生きるかいがありません。昔の聖人はこれを憂えて、師を立て学校を立てて、人倫の道を教え、義理を知らしめられました。この三つのうち、務業より養生が重く、養生より行義が重い。なぜかといえば、務業は富貴をきわめることを旨とします。国土を領し高位にのぼるのは、富貴のきわみです。けれども寿命がなければ、富貴も用がありません。いま人がいて、おまえに国土を譲り高位を授けよう、その代わりおまえの命を奪う、と言ったなら、きわめて欲深い愚かな人でも、命を失って国土と位を得ようと思う者はいないでしょう。

解説

三つの務めのうち三番目の行義を説明し、三者の軽重を論じ始めています。仕事で富を得ても、健康で長生きしても、人の道を外れては生きる意味がないと益軒は言います。そして、仕事より健康が、健康より道義が重いという順序を示します。命と引き換えに国を与えると言われても誰も受けないという思考実験は分かりやすく、富より命が重いことを誰もが実感できます。働き過ぎで体を壊す人が後を絶たない今、この優先順位を改めて確かめたいものです。

この章句が説くこと

行義養生富貴命人倫

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