大和俗訓 / 巻之六・躬行上
一善も惡も、かならず小をつみて大にいたる。故に善は小なりとて棄つべからず、惡は小なりとて行ふべからず。一古語に、忠臣は二君につかへず、烈女は兩夫に更めずといへり。君子の道、節義を守るをおもしとす。節義とは、臣の君につかへ、婦の夫につかふるに、一すぢに忠節義理ありて二心なく、二君につかへず、兩夫にあらためず。もし不幸にして、わが身艱難にくるしむとも、君をすて、夫にそむきて、身命ををしむべからず。命を失ふと忠貞の志を改めざるを、節義と云ふ。萬の事いみじく、才能ありてうるはしき人も、節義をうしなひて、君にそむきて難をのがれ、夫をすてゝ人にしたがはゞ、其餘は見るにたらず。一たび節義をうしなひて、利ある方につき、害ある方をのがれ、或は死ぬべき時に死なざれば、一生の名をけがすのみならず、後代までも、ながき惡名をながす。
新字:一善も悪も、かならず小をつみて大にいたる。故に善は小なりとて棄つべからず、悪は小なりとて行ふべからず。一古語に、忠臣は二君につかへず、烈女は両夫に更めずといへり。君子の道、節義を守るをおもしとす。節義とは、臣の君につかへ、婦の夫につかふるに、一すぢに忠節義理ありて二心なく、二君につかへず、両夫にあらためず。もし不幸にして、わが身艱難にくるしむとも、君をすて、夫にそむきて、身命ををしむべからず。命を失ふと忠貞の志を改めざるを、節義と云ふ。万の事いみじく、才能ありてうるはしき人も、節義をうしなひて、君にそむきて難をのがれ、夫をすてゝ人にしたがはゞ、其余は見るにたらず。一たび節義をうしなひて、利ある方につき、害ある方をのがれ、或は死ぬべき時に死なざれば、一生の名をけがすのみならず、後代までも、ながき悪名をながす。
書き下し
一善も悪も、かならず小をつみて大にいたる。故に善は小なりとて棄つべからず、悪は小なりとて行ふべからず。一古語に、忠臣は二君につかへず、烈女は両夫に更めずといへり。君子の道、節義を守るをおもしとす。節義とは、臣の君につかへ、婦の夫につかふるに、一すぢに忠節義理ありて二心なく、二君につかへず、両夫にあらためず。もし不幸にして、わが身艱難にくるしむとも、君をすて、夫にそむきて、身命ををしむべからず。命を失ふと忠貞の志を改めざるを、節義と云ふ。万の事いみじく、才能ありてうるはしき人も、節義をうしなひて、君にそむきて難をのがれ、夫をすてて人にしたがはば、其余は見るにたらず。一たび節義をうしなひて、利ある方につき、害ある方をのがれ、或は死ぬべき時に死なざれば、一生の名をけがすのみならず、後代までも、ながき悪名をながす。
現代語訳
善も悪も、必ず小さなことを積んで大きなことに至ります。だから善は小さいからといって棄ててはいけません。悪は小さいからといって行ってはいけません。古語に「忠臣は二君に仕えず、烈女は両夫に改めず」とあります。君子の道は、節義を守ることを重んじます。節義とは、臣が君に仕え、妻が夫に仕えるのに、ひとすじに忠節と義理があって二心なく、二君に仕えず、両夫に改めないことです。もし不幸にして、わが身が艱難に苦しむとしても、君を捨て夫にそむいて、身命を惜しんではいけません。命を失っても忠貞の志を改めないことを節義といいます。万事にすぐれ、才能があってうるわしい人でも、節義を失って、君にそむいて難を逃れ、夫を捨てて人に従えば、そのほかは見るに足りません。一度節義を失って、利のある方につき、害のある方を逃れ、あるいは死ぬべき時に死ななければ、一生の名をけがすだけでなく、後代までも長く悪名を流します。
解説
この章句が説くこと
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論語・八佾篇定公問う、「君臣を使い、臣君に事うるは、之を如何。」孔子対えて曰く、「君は臣を使うに礼を以てし、臣は君に事うるに忠を以てす。」
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『韓非子』初見秦第一然り而して兵甲頓れ、士民病み、蓄積索き、田疇荒れ、囷倉虚しく、四隣の諸侯服せず、霸王の名成らず。此れ異なる故無し、其の謀臣皆な其の忠を尽くさざればなり。
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葉隠・聞書第一忠臣は孝子の門に尋ねよとあり。随分(ずいぶん)心を尽くして孝行すべき事なり。奉公に精を出す人は自然にはあれども、孝行に精出す人は稀なり。よき者には他人も懇(ねんご)ろに、亡き後にて残り多く、孝行に精出す人は稀なり。無理なる人、無理なる親にてなくば知れまじきなり。
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『墨子』魯問魯君の嬖人、死す。魯君、之が為に誄す。魯人、因りて説びて之を用う。子墨子、之を聞きて曰く、「誄なる者は、死人の志を道うなり。今、説びて之を用うるに因るは、是れ猶お來首を以て服に從うがごときなり」と。魯陽文君、子墨子に謂いて曰く、「我に忠臣を語る者有り。之に俯せしむれば則ち俯し、之に仰がしむれば則ち仰ぎ、處らしむれば則ち静かに、呼べば則ち應ず。忠臣と謂う可きか」と。子墨子曰く、「之に俯せしむれば則ち俯し、之に仰がしむれば則ち仰ぐは、是れ景に似たり。處らしむれば則ち静かに、呼べば則ち應ずるは、是れ響に似たり。君、将た何をか景と響とに得んや。翟の所謂る忠臣なる者を以てせば、上に過ち有れば則ち之を微にして以て諌め、己に善有れば則ち之を上に訪ねて、敢えて以て外に告ぐる無く、其の邪を匡して其の善に入り、尚びて下に比する無く、美善を上に在らしめて怨讐を下に在らしめ、安樂を上に在らしめて憂慼を臣に在らしむ。此れ翟の忠臣と謂う者なり」と。
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『武士道』第九章 忠節・支那は孝を本とし日本は忠を本とす此れと等しく、日本人の懐抱する如き忠節は、国を異にして之を頌するものの、ほとんど稀なるを見ん。然れども此れ、吾人の観念の非なるが故にあらずして、却つて彼れにありては既に之を忘却せるが故にして、又た日本人の忠節の念に深厚なるは、他国の未だ容易に企及する能はざるものあるが為なるなからんか。グリフィス氏が、支那に在りては孔教は孝を以て百行の基と為し、日本に在りては忠を以て本と為す、と説けるは真に然り。予は今ここに、読者の或は吃驚酸鼻すべきを顧みず、シェイクスピアの所謂『落魄の主君に仕へて艱苦をつぶさにし』、以て『稗史に名を得たる』忠臣の物語を叙せん。其物語は、我国史を飾れる清廉高義の人格、菅原道真を寓せるものなり。
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