論語 / 八佾篇
定公問:「君使臣,臣事君,如之何?」孔子對曰:「君使臣以禮,臣事君以忠。」
新字:定公問:「君使臣,臣事君,如之何?」孔子対曰:「君使臣以礼,臣事君以忠。」
書き下し
定公問う、「君臣を使い、臣君に事うるは、之を如何。」孔子対えて曰く、「君は臣を使うに礼を以てし、臣は君に事うるに忠を以てす。」
現代語訳
定公が尋ねた。「君主が臣下を使い、臣下が君主に仕えるには、どうすればよいか。」孔子はお答えした。「君主は臣下を使うのに礼をもってし、臣下は君主に仕えるのに忠をもってします。」
解説
注目すべきは順番である。定公は「臣下をどう使うか」を先に聞いたが、孔子は君主の側の義務から答えた。しかも君主に求めたのは権威ではなく礼、つまり相手を一人の人間として扱うことである。忠はその後に置かれた。忠誠は命令できるものではなく、礼に対して返ってくるものだという構造がここにある。上に立つ者が読み違えやすいのはこの因果の向きだ。忠誠心が足りないと嘆く前に、自分が礼を欠いていないかを見る。約束の時間を守る、決定の理由を説明する、手柄を横取りしない。どれも小さいが、これを欠いたまま忠誠だけを求める組織は、静かに人を失っていく。忠は集めるものではなく、引き出されるものである。
この章句が説くこと
君臣礼忠双方向順序信頼
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『春秋左氏伝』文公六年 臾駢、私怨を報いず冬十月、襄仲晉に如く。襄公を葬る。十一月、丙寅、晉續簡伯を殺す。賈季狄に奔る。宣子臾駢をして其の帑(ど)を送らしむ。夷の蒐に、賈季臾駢を戮(はづかし)む。臾駢の人、盡く賈氏を殺して以って報いんと欲す。臾駢曰く、「不可なり。吾聞く、前志に之有りて曰く、『惠に敵し怨に敵するは、後嗣に在らず、忠の道なり』と。夫子賈季に禮す、我其の寵を以って私怨に報いば、乃ち不可なること無からんや。人の寵に介(よ)るは、勇に非ざるなり。怨を損して仇を益すは、知に非ざるなり。私を以って公を害するは、忠に非ざるなり。此の三者を釋てて、何を以ってか夫子に事へん」と。盡く其の帑と、其の器用財賄とを具へ、親ら師ゐて之を扞(ふせ)ぎ、送りて諸を竟に致す。閏月に朔を告げざるは、禮に非ざるなり。閏は以って時を正し、時は以って事を作し、事は以って生を厚くす。生民の道、是に於いてか在り。閏朔を告げざるは、時政を棄つるなり、何を以ってか民を為めん。
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『政談』譜代者の事御陣の御供をせんとき手形一枚にて召し置きたる家来を召し連れ、箱根をも笛吹をも越したらは皆欠落仕るへし、是れ譜代にあらされは叶はさる証拠なり、又騎馬と云ふは当時は皆主人の数はかりなれは、日本国中惣高二千万石にして日本の武者の惣数三万余騎なり、古は日本の惣軍兵三十三万騎と云ひたるには十分一に成たり、何とて軍者は此の所まては料見せぬことなるそ、其の上只今太平の時節の上にても出替り者計を召使ふ故自然と家来の愛憐なく、一年切成る故其の心互に路人を見るか如し、何にても六ケ敷きことなれは請人を呼ひ寄せ暇を遣せは我か身にかゝることなしと料見す、奉公人も江戸中は皆主人なりと料見す、斯の如くなる心根風俗となる故、自然と下より上へ移り其の主人々々も上へ忠を尽すこと次第になくなるは習はしの移る所なり、
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『大和俗訓』巻之八・応接一人に交るには、貴賤と親疎によらず、愛敬をむねとすべし。愛とは人をいとしみて、悪まざるなり。仁の用也。敬とは人を敬ひて、侮らざるなり。礼の用也。人に交るは愛敬なければ、人我の間へだたりて、人倫の道行はれず。父母に事へ、兄弟夫婦に対し、賓客に交るも、皆愛敬を以て心法とす。親には愛を主として敬を行ふべし。親を愛するのみにて敬はざれば、犬馬をやしなふに同じ。君には敬を主として愛を行ふべし。君を敬ひ畏れたるのみにて、心誠に愛せざれは、忠にあらず。臣たるの道たたず。
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『山鹿語類』士道・明衣服之制次に笏の制あり。天子より士に至るまで、各其用詳に礼記に出たり。天子の持玉ふをば珽といへり。天子搢珽、方正於天下也と云、是也。諸侯茶と云。前詘後直、譲於天子也。茶読為舒、謂笏為茶、大夫前屈後詘、無所不譲也。将適公所、史進象笏、書思対命といへり。荀卿曰、天子御珽、諸侯御茶、大夫服笏と云。皆同じ儀也。されば天子より士まで各笏を用て其威儀とす。天子はこれを用て自事をしるして、身を省み事を指示す。諸臣は君命をしるし、我所可述をしるし、世事をのせて君命に応じ、不可忘ことを以てつとめとし、且君に指示し奉るの便用とす。管子曰、天子執玉笏以朝日。釈名曰笏忽也、君有命則書其上、備忽忘也といへり。有事則書之、故常簪筆、令之白筆、是其遺象也、手版即古笏矣、頭復有白筆、以紫皮嚢之、名曰笏とあり。珽の長尺二寸、方而不折、以球玉為之、笏度二尺有六寸、中博二寸、其殺六分而去一、晋宋以来謂之手版、此乃不経也、五品已上通用象牙、六品以下兼用竹木、唐張九齢、常使人持之、因設笏嚢、自九齢始、歴代とも此制あり。本朝衣服令に其事を出して、唐の例に准せり。牙の笏、慶賀の笏等あり。笏をしやくと云習せり。
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『大和俗訓』巻之六・躬行上一善も悪も、かならず小をつみて大にいたる。故に善は小なりとて棄つべからず、悪は小なりとて行ふべからず。一古語に、忠臣は二君につかへず、烈女は両夫に更めずといへり。君子の道、節義を守るをおもしとす。節義とは、臣の君につかへ、婦の夫につかふるに、一すぢに忠節義理ありて二心なく、二君につかへず、両夫にあらためず。もし不幸にして、わが身艱難にくるしむとも、君をすて、夫にそむきて、身命ををしむべからず。命を失ふと忠貞の志を改めざるを、節義と云ふ。万の事いみじく、才能ありてうるはしき人も、節義をうしなひて、君にそむきて難をのがれ、夫をすてて人にしたがはば、其余は見るにたらず。一たび節義をうしなひて、利ある方につき、害ある方をのがれ、或は死ぬべき時に死なざれば、一生の名をけがすのみならず、後代までも、ながき悪名をながす。
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