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大和俗訓 / 巻之六・躬行上

一いにしへの賢者は、わが過を聞くことを好み、人の諫をよろこべり。諫を聞きて、過を改め善にうつれば、道にすゝむこときはまりなし。善なること、これより大なるはなし。又古の賢者は、人に譽めらるゝをよろこばず、わが善を聞くことを好まず。わが善を聞きては、益なきのみならず、もし少しもわが身にほこる心いできて、善をなすに怠らば、大なる害あり。今の人は、わが過を聞くことを好まず、人の我をほむるを悅び、わが善を聞くことを好む。世にへつらへる小人多き故、ほむる者多し。それを誠ぞと心得て、身にほこり、善を行ふに怠るは、愚なり。末の世の人は、唐も大和すべて人の諫を好まず。故に人を諫むるを、ひとへに世なれぬ頑なる人とおもへり。

新字:一いにしへの賢者は、わが過を聞くことを好み、人の諫をよろこべり。諫を聞きて、過を改め善にうつれば、道にすゝむこときはまりなし。善なること、これより大なるはなし。又古の賢者は、人に誉めらるゝをよろこばず、わが善を聞くことを好まず。わが善を聞きては、益なきのみならず、もし少しもわが身にほこる心いできて、善をなすに怠らば、大なる害あり。今の人は、わが過を聞くことを好まず、人の我をほむるを悦び、わが善を聞くことを好む。世にへつらへる小人多き故、ほむる者多し。それを誠ぞと心得て、身にほこり、善を行ふに怠るは、愚なり。末の世の人は、唐も大和すべて人の諫を好まず。故に人を諫むるを、ひとへに世なれぬ頑なる人とおもへり。

書き下し

一いにしへの賢者は、わが過を聞くことを好み、人の諫をよろこべり。諫を聞きて、過を改め善にうつれば、道にすすむこときはまりなし。善なること、これより大なるはなし。又古の賢者は、人に誉めらるるをよろこばず、わが善を聞くことを好まず。わが善を聞きては、益なきのみならず、もし少しもわが身にほこる心いできて、善をなすに怠らば、大なる害あり。今の人は、わが過を聞くことを好まず、人の我をほむるを悦び、わが善を聞くことを好む。世にへつらへる小人多き故、ほむる者多し。それを誠ぞと心得て、身にほこり、善を行ふに怠るは、愚なり。末の世の人は、唐も大和すべて人の諫を好まず。故に人を諫むるを、ひとへに世なれぬ頑なる人とおもへり。

現代語訳

昔の賢者は、自分の過ちを聞くことを好み、人の諫めを喜びました。諫めを聞いて過ちを改め善に移れば、道に進むことはきわまりがありません。善なることで、これより大きなものはありません。また昔の賢者は、人にほめられることを喜ばず、自分の善を聞くことを好みませんでした。自分の善を聞いては、益がないばかりか、もし少しでも自分の身にほこる心が出てきて、善をなすのに怠れば、大きな害があります。今の人は、自分の過ちを聞くことを好まず、人が自分をほめるのを喜び、自分の善を聞くことを好みます。世にへつらう小人が多いので、ほめる者が多い。それを本当だと心得て、身にほこり、善を行うのを怠るのは愚かです。末の世の人は、中国も日本もすべて人の諫めを好みません。だから人を諫める人を、ひたすら世慣れない頑固な人だと思います。

解説

昔の賢者と今の人を対比して、ほめ言葉と忠告への向き合い方を問うています。賢者は忠告を喜び、ほめ言葉を警戒しました。ほめられると慢心して努力を怠る危険があるからです。一方、今の人はほめ言葉を好み、忠告を嫌い、忠告する人を「世慣れない頑固者」と見なしてしまうと益軒は嘆きます。周りに調子のよいことを言う人ばかり集まると、判断を誤りやすくなるのは組織でも同じです。心地よい言葉より耳の痛い言葉にこそ価値があるという教えです。

この章句が説くこと

諫め称賛慢心賢者諂い

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