甲陽軍鑑 / 品第十二
よき大將は軍の時悉く皆我ざいをもつて勝利を得給ひても、主の手抦とはなくして、近習·小姓·小殿原·若黨·小人·中間衆迄も譽たて、皆あれらが働きをもつて合に勝たりト教育。故に如此の大時の上には大名小名点〓之若蠶小武邊おぼへの者多く出る本ニハ「さを以てや、動いて、いは得云者なり、然は慎之公宜ふは將將の為に絶てももは多若夢·中間小者は尊近合廿人衆·小人·中間衆に一きだ て入念を入給ひ、
新字:よき大将は軍の時悉く皆我ざいをもつて勝利を得給ひても、主の手抦とはなくして、近習·小姓·小殿原·若党·小人·中間衆迄も誉たて、皆あれらが働きをもつて合に勝たりト教育。故に如此の大時の上には大名小名点〓之若蠶小武辺おぼへの者多く出る本ニハ「さを以てや、動いて、いは得云者なり、然は慎之公宜ふは将将の為に絶てももは多若夢·中間小者は尊近合廿人衆·小人·中間衆に一きだ て入念を入給ひ、
書き下し
よき大将は軍の時悉く皆我ざいをもつて勝利を得給ひても、主の手抦とはなくして、近習·小姓·小殿原·若党·小人·中間衆迄も誉たて、皆あれらが働きをもつて合に勝たりト教育。故に如此の大時の上には大名小名点〓之若蠶小武辺おぼへの者多く出る本ニハ「さを以てや、動いて、いは得云者なり、然は慎之公宜ふは将将の為に絶てももは多若夢·中間小者は尊近合廿人衆·小人·中間衆に一きだ て入念を入給ひ、
現代語訳
よい大将は、軍の時にことごとく自分の采配で勝利を得られても、主の手柄とはせずに、近習・小姓・小殿原・若党・小人・中間衆までも褒め立て、「皆あれらの働きで合戦に勝った」と言われる。(「教育。故に如此の大時の上には大名小名点〓之若蠶…本ニハ「さを以てや、動いて、いは得云者なり、然は慎之公宜ふは將將の為に絶てももは多若夢·中間小者は尊近合」の部分は、頭註の混入もあって底本ここ判読しがたい)二十人衆・小人・中間衆に一段と念を入れられた。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『甲陽軍鑑』品第十四それより勝頼公つよくはたらかんとし給ひ、つよみを過しておくれを取り給ふ、勝頼公强過て国を破り給はんこと疑あるまじ、侍の軽薄にほめ奉るをよきと思し食すは、全体牛が尾の劒をねぶり、舌をきらして死するを知らず候に、ひとしければこそ、此本を四君子命期の巻とは名づくるなり仍て如件天正三年乙亥年六月吉日高坂弾正書之長坂長閑老跡部大炊助殿参
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『甲陽軍鑑』品第十三大身衆の思ひつき申ことは先関東中の久しき家にて、其大将の幼少成には其家の覚有老ともに、則ち主の知行を分て下され守たてよと仰付らるゝに付ては、主も被官もいぎなく管領公の御為大切に存ずること日々に新なるべしなとゝ申す、是も一理は尤もなれば管領則政公大きに合点まします故、関東にて結城にたがや千葉に原はらに高木両さかゐなどとて、主より大きなる知行取の有は、此時代より始まる、其知行取る者ども扨て則政公は名大将にて管領始まりてなき御仕置きと誉め奉つるにより、則政公思し召すは面白き分別をして我に名を取ヲするとて、すがの·上原次第に何事も則政公し給ふ故、よの家老衆のいさめ少しも許容を加へ給はず候、
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『呻吟語』内篇・修身・我に一善有り、又た何ぞ妒まん人の善を稱するは、我に一善有り。又た何ぞ妒まんや。人の惡を稱するは、我に一惡有り。又た何ぞ毀らんや。
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『墨子』非攻中子墨子言いて曰く、「古者、王公大人の、政を國家に為す者は、情に之を譽むること審らかに、賞罰の當たり、刑政の過失せざるを欲す」と。
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論語・子罕篇子曰く、法語の言は、能く従うこと無からんや。之を改むるを貴しと為す。巽与の言は、能く説ばざらんや。之を繹ぬるを貴しと為す。説びて繹ねず、従いて改めずんば、吾之を如何ともする末きのみ。
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論語・子罕篇子曰く、「敝れたる縕袍を衣て、狐貉を衣たる者と立ちて、恥じざる者は、其れ由なるか。『忮わず求めず、何を用てか臧からざらん。』」子路終身之を誦す。子曰く、「是の道や、何ぞ以て臧しとするに足らん。」
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