大和俗訓 / 巻之六・躬行上
父として子をいさむれば、我が父は老耄せりと言ひ、また老人は今の風を知らずとて毀りうらむ。臣として君をいさむれば、おごれり、無禮なりとて、いかり遠ざく。こゝを以て、人ごとに世の俗になれ、人の欲にしたがひ、へつらひて諫めず。此風若し世に行はれ、風俗となりなば、善は日々にすたり、惡は日々にさかんになりて、道行はるべからず。かなしむべし。およそ諫を言ふ人、有りがたし。古來唐も大和も、諫をよろこぶ人は尤有りがたし。故にいさむる人もまれなり。
新字:父として子をいさむれば、我が父は老耄せりと言ひ、また老人は今の風を知らずとて毀りうらむ。臣として君をいさむれば、おごれり、無礼なりとて、いかり遠ざく。こゝを以て、人ごとに世の俗になれ、人の欲にしたがひ、へつらひて諫めず。此風若し世に行はれ、風俗となりなば、善は日々にすたり、悪は日々にさかんになりて、道行はるべからず。かなしむべし。およそ諫を言ふ人、有りがたし。古来唐も大和も、諫をよろこぶ人は尤有りがたし。故にいさむる人もまれなり。
書き下し
父として子をいさむれば、我が父は老耄せりと言ひ、また老人は今の風を知らずとて毀りうらむ。臣として君をいさむれば、おごれり、無礼なりとて、いかり遠ざく。ここを以て、人ごとに世の俗になれ、人の欲にしたがひ、へつらひて諫めず。此風若し世に行はれ、風俗となりなば、善は日々にすたり、悪は日々にさかんになりて、道行はるべからず。かなしむべし。およそ諫を言ふ人、有りがたし。古来唐も大和も、諫をよろこぶ人は尤有りがたし。故にいさむる人もまれなり。
現代語訳
父として子を諫めれば、うちの父はもうろくしたと言い、また老人は今の風俗を知らないとそしり恨みます。臣として主君を諫めれば、おごっている、無礼だと言って、怒って遠ざけます。ですから、人はみな世の風俗に慣れ、人の欲に従い、へつらって諫めません。この風がもし世に行われ、風俗となれば、善は日ごとにすたれ、悪は日ごとに盛んになって、道は行われなくなるでしょう。悲しいことです。およそ諫めを言う人はめったにいません。昔から中国でも日本でも、諫めを喜ぶ人はもっとめったにいません。だから諫める人もまれなのです。
解説
この章句が説くこと
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