呻吟語 / 内篇・修身・我に一善有り、又た何ぞ妒まん
稱人之善,我有一善,又何妒焉?稱人之惡,我有一惡,又何毀焉?
新字:称人之善,我有一善,又何妒焉?称人之悪,我有一悪,又何毀焉?
書き下し
人の善を稱するは、我に一善有り。又た何ぞ妒まんや。人の惡を稱するは、我に一惡有り。又た何ぞ毀らんや。
現代語訳
人の善を称えれば、それで自分にも一つの善があることになります。どうして妬む必要があるでしょうか。人の悪を言い立てれば、それで自分にも一つの悪があることになります。どうしてけなす必要があるでしょうか。
解説
人を褒めることと、けなすことの損得を、実に単純な帳簿で示します。褒めればこちらに善が一つ加わり、けなせば悪が一つ加わる。だから妬んで褒めないのは、自分の分を捨てているのと同じです。道徳の説教ではなく勘定の話にしているところが面白く、損得で考える人にも通じる形になっています。短いながら、日々の会話に直に効く一段です。
この章句が説くこと
称賛嫉妬悪口損得善
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