大和俗訓 / 巻之六・躬行上
一論語に、君子のあやまちは日月の食のごとし、あやまてば人皆是をみる、更むれば人皆仰之といへり。君子の心は靑天白日のごとく、洒落にして一點のおほひなし。故に過をおほひかくさずして、はやく改む。日食月食をば、天が下の人たれもあふぎ見て、かくれなし。しばし光かくれども、やがて元の如く明かになれば、日月の光明に少しもきずなし。君子の過かくの如し。又論語に、小人過必文といへり。小人は過を恥ぢてかざり、其過をおほひかくせば、正直の道理をうしなひ、是非をいひまげ、いつはりてつひに過を改めず、甚見ぐるし。是小人の心ならひなり、いやしと云ふべし。尙書に、過をはぢて、非をなす事なかれといへり。賢人すら過あり。況や凡人をや。唯過つてよく改むるを、君子とすべし。
新字:一論語に、君子のあやまちは日月の食のごとし、あやまてば人皆是をみる、更むれば人皆仰之といへり。君子の心は青天白日のごとく、洒落にして一点のおほひなし。故に過をおほひかくさずして、はやく改む。日食月食をば、天が下の人たれもあふぎ見て、かくれなし。しばし光かくれども、やがて元の如く明かになれば、日月の光明に少しもきずなし。君子の過かくの如し。又論語に、小人過必文といへり。小人は過を恥ぢてかざり、其過をおほひかくせば、正直の道理をうしなひ、是非をいひまげ、いつはりてつひに過を改めず、甚見ぐるし。是小人の心ならひなり、いやしと云ふべし。尚書に、過をはぢて、非をなす事なかれといへり。賢人すら過あり。況や凡人をや。唯過つてよく改むるを、君子とすべし。
書き下し
一論語に、君子のあやまちは日月の食のごとし、あやまてば人皆是をみる、更むれば人皆之を仰ぐといへり。君子の心は青天白日のごとく、洒落にして一点のおほひなし。故に過をおほひかくさずして、はやく改む。日食月食をば、天が下の人たれもあふぎ見て、かくれなし。しばし光かくれども、やがて元の如く明かになれば、日月の光明に少しもきずなし。君子の過かくの如し。又論語に、小人の過つや必ず文るといへり。小人は過を恥ぢてかざり、其過をおほひかくせば、正直の道理をうしなひ、是非をいひまげ、いつはりてつひに過を改めず、甚見ぐるし。是小人の心ならひなり、いやしと云ふべし。尚書に、過をはぢて、非をなす事なかれといへり。賢人すら過あり。況や凡人をや。唯過つてよく改むるを、君子とすべし。
現代語訳
『論語』に「君子の過ちは日月の食のようなものだ。過てば人はみなこれを見、改めれば人はみなこれを仰ぐ」とあります。君子の心は青天白日のようで、さっぱりとして一点の覆いもありません。だから過ちを覆い隠さずに、早く改めます。日食や月食は、天下の人が誰でも仰ぎ見て隠れがありません。しばらく光が隠れても、やがて元のように明るくなれば、日月の光明に少しも傷はありません。君子の過ちはこのようです。また『論語』に「小人の過つや必ず文る」とあります。小人は過ちを恥じて飾り、その過ちを覆い隠すので、正直の道理を失い、是非を言い曲げ、偽ってついに過ちを改めず、はなはだ見苦しい。これは小人の心の習いで、いやしいと言うべきです。『尚書』に「過ちを恥じて非をなすことなかれ」とあります。賢人でさえ過ちがあります。まして凡人はなおさらです。ただ過ってよく改めることを、君子とすべきです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『慎思録』巻之一人は聖人に非ず、誰か過ち無からん。過ち有りと雖も、之を知りて能く改むれば、則ち過ち無きに帰す。故に人の過ち有るは、以て恥と為す所に非ず。苟も私意蔽固なれば、則ち過ち有りと雖も、之を知ること能はず。之を知ると雖も、又改むること能はず。恥づべしと為す所以なり。其の過ち有る時に方りて、以て過ちに非ずと為して、遮護掩蔵すべからず。須らく直ちに己が過ちと為して、顕揚して速やかに之を改むべし。然らば則ち其の心術に於て、分毫も損闕する所無し。何の恥か之れ有らん。子貢の所謂君子の過ちや、日月の食の如し。過てば人皆之を見、更むれば人皆之を仰ぐといふ者は、此の謂なり。苟も過ちを恥ぢて非を遂げ、以て吾が過ちに非ずと為して、偽り飾り掩ひ蔵せば、則ち其の過ちたるや益大にして、罅漏百出す。甚だ醜づべしと為す所以なり。子夏曰く、小人の過つや必ず文ると。此の謂なり。
-
『呻吟語』内篇・修身・一個の真小人を成就す過ちや、人皆な之を見る、乃ち君子を見る。今人過ちの見る可き無し、豈に能く君子より賢ならんや。緣は只だ文飾彌縫の上に在りて工夫を做し、無限の巧回護を費やし盡くして、一個の真小人を成就するに在り。
-
『益軒家訓』聖学須勤凡人たるものは、聖人の教を貴び受け、強く志を立て、人の道を学び知り、勤め行ひて君子とならん事を思ひ、常に心にかけて怠るべからず。これ聖学に志すの道なり。其学問の法は、書を読み古を考へ、人に問ひ己におもひ、人の諫いましめを聴用ひ、常に我が身を顧て、我が愚なる事を知り、わが不善なる事を知り、わが過を改めて善にうつるべし。君子の過ちや日月の食の如し、過つや人皆之を見、更むるや人皆之を仰ぐ。また小人の過つや、かならず文る。過をはぢて蔽ひかくすは小人の心なり、甚卑し。古語に聖人に非ずんば誰か能く過ち無からん、過ちて能く改むる、善焉より大なるは莫しといへり。仮にも我を智ありとし、善也と思ふべからず。わが身のちからをたのみて、人を愚なりとし、侮るべからず。諫を拒ぎ、我を是とすべからず。
-
『五常訓』巻之四・礼一君子は、耳に非礼の音楽淫声をきかず。目に非礼なる見物を見ず。口に非礼の事をいはず。身に非礼のうごきをなさず。飲食を慎み、節にして過さず。皆是礼の制する所なり。一口の過なきより、身の過なきは難く、身の過なきより、心の過なき事は難し。三のもの、ともに礼を以て正さずんばあるべからず。
-
論語・学而篇子曰く、「君子重からざれば則ち威あらず、学べば則ち固ならず。忠信を主とし、己に如かざる者を友とすること無かれ、過てば則ち改むるに憚ること勿かれ。」
-
『呻吟語』内篇・修身・一たび認むれば兩過都て無し過ち有るは是れ一過なり、過ちを認むるを肯んぜざるは又た是れ一過なり。一たび認むれば則ち兩過都て無く、一たび認めざれば則ち兩過免れず。彼の強辯して以て非を飾る者は、果たして何為るぞや。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る