大和俗訓 / 巻之六・躬行上
一善を行ふとは、天性に生れつきたる仁義禮智の本心にしたがひて、孝弟、忠信、慈愛、恭敬、温和、辭讓、剛勇、廉恥などを、時に隨ひ、事に隨つて行ふを云ふ。さばかりの善を行ひても、名利をねがふ心ありて行ふは、誠の善にあらず。善を行ふには、ただ一すぢに義理に專らにして、名利の心なかるべし。
新字:一善を行ふとは、天性に生れつきたる仁義礼智の本心にしたがひて、孝弟、忠信、慈愛、恭敬、温和、辞譲、剛勇、廉恥などを、時に随ひ、事に随つて行ふを云ふ。さばかりの善を行ひても、名利をねがふ心ありて行ふは、誠の善にあらず。善を行ふには、ただ一すぢに義理に専らにして、名利の心なかるべし。
書き下し
一善を行ふとは、天性に生れつきたる仁義礼智の本心にしたがひて、孝弟、忠信、慈愛、恭敬、温和、辞譲、剛勇、廉恥などを、時に随ひ、事に随つて行ふを云ふ。さばかりの善を行ひても、名利をねがふ心ありて行ふは、誠の善にあらず。善を行ふには、ただ一すぢに義理に専らにして、名利の心なかるべし。
現代語訳
善を行うとは、天性として生まれつきそなわった仁・義・礼・智の本心に従って、孝弟・忠信・慈愛・恭敬・温和・辞譲・剛勇・廉恥などを、時に従い、事に従って行うことをいいます。それほどの善を行っても、名誉や利益を願う心があって行うのは、誠の善ではありません。善を行うには、ただひとすじに義理をもっぱらにして、名利の心があってはいけません。
解説
善とは何かを具体的な徳目で示した一条です。人は生まれつき仁義礼智の心を持ち、それに従って親孝行、誠実さ、思いやり、敬意、穏やかさ、譲る心、勇気、恥を知る心などを場面に応じて発揮することが善だと益軒は言います。孟子の性善説を受けた朱子学の考え方です。そして、どれほど立派な行いでも、名声や利益を求めて行えば本物の善ではないと念を押します。人に見られるための善行ではなく、自分の本心から出た行いを大切にせよという教えです。
この章句が説くこと
善仁義礼智名利孝本心
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