大和俗訓 / 巻之五・言語
一古語に、其國に居ては、其大夫をそしらずといへり。いはんや君をそしるは、大なるとがなり。古語に、臣の不忠、君をそしるより大なるはなしといへり。たとひ君にひが事ありとも、臣たるものは隱して語るべからず。又我が身其位に居らずんば、國政の是非を評議すべからず。下として上をそしるは、不忠不敬なり。つゝしむべし。上をそしる人ありとて、それに雷同すべからず。口をとぢて語ることなかれ。上たる人は、わが行のあやまりを、下なるものに言はせそしらせて、ひろく聞くべし。下のそしりを聞くは、是上たる人の幸なり。人の口をとづるは惡し。口をとづれば、却てそしり多し。そしらすれば、後はそしり無し。此こと、古人の敎明白なり。川の水は、下をほり流せば、水のうれひなし。下をせき止むれば、ふさがりて横流のわざはひとなる。人の口をとむるも、またかくの如し。故に明君は、人の口をとぢずして人にいはせ、下のそしりを聞くことを好めり。帝堯は、諫の鼓を置ていさめを聞き給ひ、殷の湯王は、誹謗の木を立てゝ政のあやまりを誹らしめ給ひしとかや。
新字:一古語に、其国に居ては、其大夫をそしらずといへり。いはんや君をそしるは、大なるとがなり。古語に、臣の不忠、君をそしるより大なるはなしといへり。たとひ君にひが事ありとも、臣たるものは隠して語るべからず。又我が身其位に居らずんば、国政の是非を評議すべからず。下として上をそしるは、不忠不敬なり。つゝしむべし。上をそしる人ありとて、それに雷同すべからず。口をとぢて語ることなかれ。上たる人は、わが行のあやまりを、下なるものに言はせそしらせて、ひろく聞くべし。下のそしりを聞くは、是上たる人の幸なり。人の口をとづるは悪し。口をとづれば、却てそしり多し。そしらすれば、後はそしり無し。此こと、古人の教明白なり。川の水は、下をほり流せば、水のうれひなし。下をせき止むれば、ふさがりて横流のわざはひとなる。人の口をとむるも、またかくの如し。故に明君は、人の口をとぢずして人にいはせ、下のそしりを聞くことを好めり。帝堯は、諫の鼓を置ていさめを聞き給ひ、殷の湯王は、誹謗の木を立てゝ政のあやまりを誹らしめ給ひしとかや。
書き下し
一古語に、其国に居ては、其大夫をそしらずといへり。いはんや君をそしるは、大なるとがなり。古語に、臣の不忠、君をそしるより大なるはなしといへり。たとひ君にひが事ありとも、臣たるものは隠して語るべからず。又我が身其位に居らずんば、国政の是非を評議すべからず。下として上をそしるは、不忠不敬なり。つつしむべし。上をそしる人ありとて、それに雷同すべからず。口をとぢて語ることなかれ。上たる人は、わが行のあやまりを、下なるものに言はせそしらせて、ひろく聞くべし。下のそしりを聞くは、是上たる人の幸なり。人の口をとづるは悪し。口をとづれば、却てそしり多し。そしらすれば、後はそしり無し。此こと、古人の教明白なり。川の水は、下をほり流せば、水のうれひなし。下をせき止むれば、ふさがりて横流のわざはひとなる。人の口をとむるも、またかくの如し。故に明君は、人の口をとぢずして人にいはせ、下のそしりを聞くことを好めり。帝堯は、諫の鼓を置ていさめを聞き給ひ、殷の湯王は、誹謗の木を立てて政のあやまりを誹らしめ給ひしとかや。
現代語訳
古語に「その国にいては、その国の大夫をそしらない」とあります。まして君主をそしるのは大きなとがです。古語に「臣の不忠は、君をそしるより大きなものはない」とあります。たとえ君主に誤りがあっても、臣である者は隠して語ってはいけません。また自分がその地位にいないなら、国政の是非を評議してはいけません。下として上をそしるのは、不忠不敬です。つつしみなさい。上をそしる人がいても、それに同調してはいけません。口を閉じて語ってはいけません。上に立つ人は、自分の行いの誤りを下の者に言わせ、そしらせて、広く聞くべきです。下のそしりを聞くのは、上に立つ人の幸いです。人の口を閉ざすのは悪い。口を閉ざせば、かえってそしりが多くなります。そしらせれば、後にはそしりがなくなります。このことは古人の教えに明白です。川の水は、下を掘って流せば、水の憂いはありません。下をせき止めれば、ふさがってあふれ流れる災いとなります。人の口を止めるのもまたこのようです。だから明君は、人の口を閉ざさずに言わせ、下のそしりを聞くことを好みました。帝堯は諫めの鼓を置いて諫めを聞かれ、殷の湯王は誹謗の木を立てて政治の誤りをそしらせられたということです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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