大和俗訓 / 巻之五・言語
一人のしわざ、我が心にかなはずとも、なだめ許して、左こそありなんと思ひて、いかり恨むべからず。もし心の中に怒甚しくとも、いかり止みて本心になるまでは、こらへて言を口に出すべからず。いかりのさかんなる時、はやく口にいだせば、必過言いでて、後悔あり。心をやはらげ、氣を平かにし、怒止みて後、言ふべき事はいひ、なすべき事はなすべし。酒に醉ひたる時も、尤言をつゝしみて、いふべからず。酒さめて後、ことばを出すべし。人にふみを送るも同じ。いかり止み、酒さめて後、文をかくべし。是皆後悔なき道なり。言よりもげに、文はあとに殘るものなり。文を書くに、殊につゝしみて、いかりの内に書くべからず。
新字:一人のしわざ、我が心にかなはずとも、なだめ許して、左こそありなんと思ひて、いかり恨むべからず。もし心の中に怒甚しくとも、いかり止みて本心になるまでは、こらへて言を口に出すべからず。いかりのさかんなる時、はやく口にいだせば、必過言いでて、後悔あり。心をやはらげ、気を平かにし、怒止みて後、言ふべき事はいひ、なすべき事はなすべし。酒に酔ひたる時も、尤言をつゝしみて、いふべからず。酒さめて後、ことばを出すべし。人にふみを送るも同じ。いかり止み、酒さめて後、文をかくべし。是皆後悔なき道なり。言よりもげに、文はあとに残るものなり。文を書くに、殊につゝしみて、いかりの内に書くべからず。
書き下し
一人のしわざ、我が心にかなはずとも、なだめ許して、左こそありなんと思ひて、いかり恨むべからず。もし心の中に怒甚しくとも、いかり止みて本心になるまでは、こらへて言を口に出すべからず。いかりのさかんなる時、はやく口にいだせば、必過言いでて、後悔あり。心をやはらげ、気を平かにし、怒止みて後、言ふべき事はいひ、なすべき事はなすべし。酒に酔ひたる時も、尤言をつつしみて、いふべからず。酒さめて後、ことばを出すべし。人にふみを送るも同じ。いかり止み、酒さめて後、文をかくべし。是皆後悔なき道なり。言よりもげに、文はあとに残るものなり。文を書くに、殊につつしみて、いかりの内に書くべからず。
現代語訳
人のしわざが自分の心にかなわなくても、なだめ許して、そういうこともあるだろうと思って、怒り恨んではいけません。もし心の中の怒りがはなはだしくても、怒りがやんで本心に戻るまでは、こらえて言葉を口に出してはいけません。怒りの盛んなときに早く口に出せば、必ず言い過ぎて後悔があります。心をやわらげ、気を平らにし、怒りがやんでから、言うべきことは言い、なすべきことはしなさい。酒に酔ったときも、とくに言葉をつつしんで、言ってはいけません。酒がさめてから言葉を出しなさい。人に手紙を送るのも同じです。怒りがやみ、酒がさめてから手紙を書きなさい。これはみな後悔のない道です。言葉よりもまさに、手紙は後に残るものです。手紙を書くのは、とくにつつしんで、怒りのうちに書いてはいけません。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『大和俗訓』巻之五・言語一人の悪しきをいさむるに、はじめより、うちつけに、其事を直にさして言へば、おほやうは聞入れず、かへりて怒をもよほす。唯其事となくかすめなして、人の心に悪からず感じて、聞入るるこそよろしかるべけれ。一よろこぶ時の言は、誠すくなし。いかる時の言は、敬すくなし。喜び怒るとき、殊に言語をつつしみて、喜怒のために、心をやぶらるる事なかれ。
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『大和俗訓』巻之三・心術上一易に、懲忿窒慾といへり。忿をこらすとは、いかりをおさふるなり。怒は陽に属して、火の物をやくが如し。おこりやすくして人を害し、我が心の徳をそこなふこと甚し。いかる時、先いかりをわすれ、心を和平にして、後理の是非を見るべし。又いかる時、言をいだすべからず。いかる時言を出す詞は、必ひが事ありて後悔多し。つつしみこらへて、言ふべからず。人のいふこと、行ふこと、悪しき事あらば、怒らずして、弥気を平かにし、心を和かにして、其是非を詳かに述ぶべし。人随はずともいかりて心を動かし、気をあらくすべからず。心気和平ならざれば、たとひ其いふこと理に当るとも、其心はまづ非なり。いはんや怒りて心をうごかせば、其いふこと理にあたらざるをや。
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『大和俗訓』巻之五・言語一易に、心を易んじて後かたるといへり。人に物いはんと思はば、先わが心をやすくしづかにし、思案していひ出すべし。かくの如くせば、言のあやまちとがめ少なかるべし。一人に対して言を出すに、事によりて道理をいひつくさず、意を内にふくみ、言をのこせば、言に余味ありて、人感服してしたがひやすし。人をいさむるにも、辞はげしからず、気象和順にして、かすめなして言ひて、其人の過悪をさしあらはさず。是かへつて人の心を感ぜしむ。
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『大和俗訓』巻之五・言語一人の過をいさむるには、誠あまりありて、言たらざるがよし。心を内にふくみて、言すくなく言ひ残して、余味深かるべし。人の悪しき事を言ひつくさず、人の耳にさからはずして、人にひとり其あやまりを悟らしむるをよしとす。人のあしき事を、ことごとく言ひ顕し、はげしく争ひぬれば、人怒りて受用ひず。是人をいさむる道にあらず。温厚にして理明なるが、還てよく人を感ぜしむ。是はげしく責むるにまされり。
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『大和俗訓』巻之四・心術下一人の過をそしり、不善あるを甚しくせめ恥しむべからず。必人のうらみとなる。或はとがある人をうちたたきて、一旦心に快くすといへども、其人もし堪忍せずして報いば、大なるわざはひとなる。怒をおさへて、後のわざはひを能くかんがへ、わが心に十分快きを求むべからず。いやしき下部に対しても、此心づかひあるべし。
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『大和俗訓』巻之七・躬行下一日々行ふことごとに、過なからん事を思ふべし。過あれば必後悔あり。後悔はあやまりより起る。いかりと欲とをこらふれば、過すくなく後悔すくなくして、後の禍なし。又事ごとに早く行はずして、しづかによく思案して、是非のうたがはしき事は、みづから決定せず、人に問ひて、わが善悪を考ふべし。いそぎて、にはかに事を決断すべからず。早く決断すれば過多し。諺に悔はさきだたずといへれど、事に先立ちて、思ひつつしみて、しづかに行はば、過すくなくして、後悔なかるべし。あくまで思案し、十分にはかりて、後過あらんは、わが心の分量をつくしたれば、力に及ばず。其上は天命に任せて、うれふべからず。
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