大和俗訓 / 巻之四・心術下
一人の過をそしり、不善あるを甚しくせめ恥しむべからず。必人のうらみとなる。或はとがある人をうちたゝきて、一旦心に快くすといへども、其人もし堪忍せずして報いば、大なるわざはひとなる。怒をおさへて、後のわざはひを能くかんがへ、わが心に十分快きを求むべからず。いやしき下部に對しても、此心づかひあるべし。
新字:一人の過をそしり、不善あるを甚しくせめ恥しむべからず。必人のうらみとなる。或はとがある人をうちたゝきて、一旦心に快くすといへども、其人もし堪忍せずして報いば、大なるわざはひとなる。怒をおさへて、後のわざはひを能くかんがへ、わが心に十分快きを求むべからず。いやしき下部に対しても、此心づかひあるべし。
書き下し
一人の過をそしり、不善あるを甚しくせめ恥しむべからず。必人のうらみとなる。或はとがある人をうちたたきて、一旦心に快くすといへども、其人もし堪忍せずして報いば、大なるわざはひとなる。怒をおさへて、後のわざはひを能くかんがへ、わが心に十分快きを求むべからず。いやしき下部に対しても、此心づかひあるべし。
現代語訳
人の過ちをそしり、不善があるのをひどく責めて恥をかかせてはいけません。必ず人の恨みとなります。あるいはとがのある人を打ちたたいて、一時は心に快く感じても、その人がもし堪忍せずに仕返しをすれば、大きな災いとなります。怒りをおさえて、後の災いをよく考え、自分の心が十分に快くなることを求めてはいけません。身分の低い下働きの者に対しても、この心づかいが必要です。
解説
人の失敗を厳しく責め、恥をかかせることの危うさを説いています。責めた側は一時すっきりしても、相手の心には恨みが残り、いつか大きな災いとして返ってくるかもしれません。益軒は、自分の気持ちが晴れることを求めるなと戒め、目下の者に対しても同じ配慮をせよと付け加えます。部下のミスを人前で叱責したり、SNSで他人の過ちを責め立てたりすることの害にも通じます。相手の面子を守りながら正す工夫が、関係と自分自身を守るのです。
この章句が説くこと
寛容過ち恨み怒り部下
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