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大和俗訓 / 巻之五・言語

一人をそしれば、人また我をそしる。人をそしるは、卽我をそしるなり。たとへば天にむかつて唾を吐くが如し。そのむくい甚はやし。言さかりて出づれば、又さかりて入る。我に出づる罪は、やがて我にかへること、車の輪の如し。おそるべきかな。人を一分そしれば、人より三分そしりかへさる。其上、人に見おとされ、いやしめらるる。益なくして損あり。愚なりといふべし。

新字:一人をそしれば、人また我をそしる。人をそしるは、即我をそしるなり。たとへば天にむかつて唾を吐くが如し。そのむくい甚はやし。言さかりて出づれば、又さかりて入る。我に出づる罪は、やがて我にかへること、車の輪の如し。おそるべきかな。人を一分そしれば、人より三分そしりかへさる。其上、人に見おとされ、いやしめらるる。益なくして損あり。愚なりといふべし。

書き下し

一人をそしれば、人また我をそしる。人をそしるは、即我をそしるなり。たとへば天にむかつて唾を吐くが如し。そのむくい甚はやし。言さかりて出づれば、又さかりて入る。我に出づる罪は、やがて我にかへること、車の輪の如し。おそるべきかな。人を一分そしれば、人より三分そしりかへさる。其上、人に見おとされ、いやしめらるる。益なくして損あり。愚なりといふべし。

現代語訳

人をそしれば、人もまた自分をそしります。人をそしるのは、すなわち自分をそしることです。たとえば天に向かって唾を吐くようなものです。その報いはとても早い。道理にそむいて出た言葉は、また道理にそむいて入ってきます。自分から出た罪は、やがて自分に返ってくること、車の輪のようです。恐るべきことです。人を一分そしれば、人から三分そしり返されます。そのうえ、人に見下され、いやしめられます。益がなくて損があります。愚かだと言うべきです。

解説

悪口は必ず自分に返ってくるという教えを、天に唾する、車の輪といった身近なたとえで説いています。頭注によれば「言さかりて出づれば、又さかりて入る」は『大学』の言葉です。一分そしれば三分返されるという計算も具体的で説得力があります。人の悪口を言う人は、周りから「自分も陰で言われているのでは」と警戒され、信頼を失います。悪口は相手を傷つける以上に、言った本人の評判を大きく損なう、割に合わない行為なのだと分かります。

この章句が説くこと

悪口報い言語大学信頼

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