大和俗訓 / 巻之五・言語
一あやまちを恥ぢて、いつはり飾るべからず。是心をあざむき、人をあざむくなり。旣にわが過あらんは、すべきやうなし。あやまらば直に言ひあらはすべし。隱していつはり飾るべからず。あやまりて又人をあざむくは、あやまりを重ぬるなり。いよいよ罪深くなる。
新字:一あやまちを恥ぢて、いつはり飾るべからず。是心をあざむき、人をあざむくなり。既にわが過あらんは、すべきやうなし。あやまらば直に言ひあらはすべし。隠していつはり飾るべからず。あやまりて又人をあざむくは、あやまりを重ぬるなり。いよいよ罪深くなる。
書き下し
一あやまちを恥ぢて、いつはり飾るべからず。是心をあざむき、人をあざむくなり。既にわが過あらんは、すべきやうなし。あやまらば直に言ひあらはすべし。隠していつはり飾るべからず。あやまりて又人をあざむくは、あやまりを重ぬるなり。いよいよ罪深くなる。
現代語訳
過ちを恥じて、偽り飾ってはいけません。これは自分の心を欺き、人を欺くことです。すでに自分に過ちがあるなら、どうしようもありません。過ったならすぐに言い表しなさい。隠して偽り飾ってはいけません。過ってまた人を欺くのは、過ちを重ねることです。いよいよ罪が深くなります。
解説
失敗を隠してごまかすことを戒めた一条です。過ちそのものはもう起きてしまったことで、取り消せません。そこで偽りを重ねれば、自分の心も人も欺くことになり、罪は二重になると益軒は言います。『論語』の「過ちて改めざる、是を過ちと謂う」にも通じる考えです。組織の不祥事でも、最初のミスより隠蔽のほうが大きな問題になる例は数えきれません。失敗に気づいたらすぐに報告し認めることが、被害を最小にし信頼を守る最善の道なのです。
この章句が説くこと
過ち正直隠蔽誠改善
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