大和俗訓 / 巻之四・心術下
一心のうつはものせばき人は、わが智ひとつを用ひて、萬の事に通ずとおもひ、人の智を用ひず。古語に、自ら用ふれば小なりといへり。わが智ひとつをたのみて、人の智を用ひざれば、世間の萬事、わが一人にて知りがたし。知らざること多ければ、小智といふべし。心のうつはものひろき人は、わが一人の智を用ひず、ひろく人に問ひて聞き、其よきをとり用ふる故、もろ人の知を合せて、わが智とす。是大知とすべし。凡人は、各得たる所あり、慣れたる事あり。十人には十人の知あり、百人には百人の知あり。各其人の長ぜる所を取用ふべし。さばかり才ある人も、天下古今、もろもろの事、われ一人の知にては知りがたし。一人の智は限あり、衆人の智はきはまりなしといへり。
新字:一心のうつはものせばき人は、わが智ひとつを用ひて、万の事に通ずとおもひ、人の智を用ひず。古語に、自ら用ふれば小なりといへり。わが智ひとつをたのみて、人の智を用ひざれば、世間の万事、わが一人にて知りがたし。知らざること多ければ、小智といふべし。心のうつはものひろき人は、わが一人の智を用ひず、ひろく人に問ひて聞き、其よきをとり用ふる故、もろ人の知を合せて、わが智とす。是大知とすべし。凡人は、各得たる所あり、慣れたる事あり。十人には十人の知あり、百人には百人の知あり。各其人の長ぜる所を取用ふべし。さばかり才ある人も、天下古今、もろもろの事、われ一人の知にては知りがたし。一人の智は限あり、衆人の智はきはまりなしといへり。
書き下し
一心のうつはものせばき人は、わが智ひとつを用ひて、万の事に通ずとおもひ、人の智を用ひず。古語に、自ら用ふれば小なりといへり。わが智ひとつをたのみて、人の智を用ひざれば、世間の万事、わが一人にて知りがたし。知らざること多ければ、小智といふべし。心のうつはものひろき人は、わが一人の智を用ひず、ひろく人に問ひて聞き、其よきをとり用ふる故、もろ人の知を合せて、わが智とす。是大知とすべし。凡人は、各得たる所あり、慣れたる事あり。十人には十人の知あり、百人には百人の知あり。各其人の長ぜる所を取用ふべし。さばかり才ある人も、天下古今、もろもろの事、われ一人の知にては知りがたし。一人の智は限あり、衆人の智はきはまりなしといへり。
現代語訳
心の器が狭い人は、自分の知恵ひとつを用いて、万事に通じていると思い、人の知恵を用いません。古語に「自ら用うれば小なり」とあります。自分の知恵ひとつを頼んで人の知恵を用いなければ、世間の万事を自分一人で知ることは難しい。知らないことが多ければ、小知と言うべきです。心の器の広い人は、自分一人の知恵を用いず、広く人に問うて聞き、そのよいものを取り用いるので、多くの人の知恵を合わせて自分の知恵とします。これを大知とすべきです。およそ人にはそれぞれ得意なところがあり、慣れたことがあります。十人には十人の知恵があり、百人には百人の知恵があります。それぞれその人の長じたところを取り用いなさい。どれほど才能のある人でも、天下古今のもろもろの事を、自分一人の知恵で知ることは難しい。一人の知恵には限りがあり、多くの人の知恵はきわまりがない、と言われています。
解説
この章句が説くこと
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