大和俗訓 / 巻之四・心術下
一世に居るには、人を惡みせむる心かろかるべし、重くすべからず。いかんとなれば、およその人、書をよみ古を學んでも、道にそむく人おほし。況や學ばざれば、世のことわりの善きも惡しきも知らず。知らずしてなせるひが事なれば、惡むべからず、あはれむべし。頑なるを怒りにくむ事なかれと、尙書にも見えたり。
新字:一世に居るには、人を悪みせむる心かろかるべし、重くすべからず。いかんとなれば、およその人、書をよみ古を学んでも、道にそむく人おほし。況や学ばざれば、世のことわりの善きも悪しきも知らず。知らずしてなせるひが事なれば、悪むべからず、あはれむべし。頑なるを怒りにくむ事なかれと、尚書にも見えたり。
書き下し
一世に居るには、人を悪みせむる心かろかるべし、重くすべからず。いかんとなれば、およその人、書をよみ古を学んでも、道にそむく人おほし。況や学ばざれば、世のことわりの善きも悪しきも知らず。知らずしてなせるひが事なれば、悪むべからず、あはれむべし。頑なるを怒りにくむ事なかれと、尚書にも見えたり。
現代語訳
世に暮らすには、人を憎み責める心は軽くあるべきで、重くしてはいけません。なぜかといえば、およその人は、書物を読み昔を学んでも、道にそむく人が多いのです。まして学ばなければ、世の道理の善いことも悪いことも知りません。知らずにした間違いなので、憎むべきではなく、あわれむべきです。「頑なるを怒り憎むことなかれ」と、『尚書』にも見えます。
解説
人を責める心を軽くせよという教えです。学んだ人でさえ道にそむくことが多いのだから、学ぶ機会のなかった人が過ちを犯すのは無理もない、憎むより憐れむべきだと益軒は言います。引かれている言葉は『書経』君陳篇の「頑なるに忿疾すること無かれ」に当たります。知らないことで失敗した人を責め立てても何も生まれません。新人の失敗や、ルールを知らない人のふるまいに接したとき、怒る前に「知らなかったのだ」と思える寛容さが、教える側の心も軽くしてくれます。
この章句が説くこと
寛容学問憐れみ過ち書経
関連する章句
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『益軒家訓』聖学須勤凡人たるものは、聖人の教を貴び受け、強く志を立て、人の道を学び知り、勤め行ひて君子とならん事を思ひ、常に心にかけて怠るべからず。これ聖学に志すの道なり。其学問の法は、書を読み古を考へ、人に問ひ己におもひ、人の諫いましめを聴用ひ、常に我が身を顧て、我が愚なる事を知り、わが不善なる事を知り、わが過を改めて善にうつるべし。君子の過ちや日月の食の如し、過つや人皆之を見、更むるや人皆之を仰ぐ。また小人の過つや、かならず文る。過をはぢて蔽ひかくすは小人の心なり、甚卑し。古語に聖人に非ずんば誰か能く過ち無からん、過ちて能く改むる、善焉より大なるは莫しといへり。仮にも我を智ありとし、善也と思ふべからず。わが身のちからをたのみて、人を愚なりとし、侮るべからず。諫を拒ぎ、我を是とすべからず。
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『大和俗訓』巻之三・心術上一古語に、人聖人にあらず、誰か過なからん。過まつてよく改む、善これより大なるはなしといへり。程子も、学問の道無他、其不善を知れば、速かに改めて善にしたがふのみといへり。不善とは、即過なり。過を知りて改むるは学間の要なり。されども我が過を知る人すくなし。すべて凡人は我が身に私して、其身の過と悪とを知らず、よろづの外の事は、事ごとに知らずとも、さほどのうれひにあらず。我が身の悪と過を知らざるは、はなはだ愚なるかな。是何よりも憂ふべき事ならずや。身をかへりみ、人の諫を聞きて我が過を知るべし。
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『大和俗訓』巻之二・為学下一朝は師にまなび、昼は朝まなびたる事をつとめ習ひ、夕はこれをいよいよ重ね、夜は一日の間のあやまりを考へて、過なければ夜をやすくいぬべし。もし過あらば、悔いはぢて、来日の戒とすべし。是国語にいへる所、学問の法とすべし。
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『大和俗訓』巻之四・心術下一人のあやまちは、気質の偏なる所よりおこる。我が気質の悪しきを変ずるみちは、己が過ぎたるをおさへて、足らざる所をつとむべし。強すぎたる人は、やはらかなるべし。よわき人は、つとめてはげむべし。はや過ぎたる人は、ゆるやかなるべし。にぶき人は、つとめてするどに行ふべし。其余も、みなかくの如くすべし。むかし西門豹といひし人は、性急なり。つねに韋をおびて戒とす。韋はやはらかなるものなり。董安于といひし人は性緩し。常に弓の弦をおびて戒とす。弦は急なるものなり。かやうにわが悪しきを改むるに志あらば、いかに偏性なりとも、などか気質を変ぜざるべき。学問は気質のあしき所を知りて、克つを要とす。是あやまりを少なくする道なり。かくの如くならざれば、学問の益なし。
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『大和俗訓』巻之六・躬行上一過は必気質の偏よりおこる。剛なる人は、心つよき所より過おこり、柔なる人は、心よわき所より過おこる。気質の偏なる所に克ちて、過なからん事を求むべし。学者つねに我が気質の偏を察し、其過をかへりみて改むべし。かくの如くせざれば、学問の益なし。是学者の専らつとめ行ふべき所なり。過を改むるは、気質の偏に克つ道なり。気質の偏なる所には克ちがたし。常につとめて、十分の力を用ふべし。
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『慎思録』巻之四日に一日を慎めば、過ち無かるべし。然れども過ち有る者は、其の省察の未だ至らざると、究理の未だ精しからざるとに因るなり。夫子曰く、遠からずして復る。悔に祗ること無し、元吉なり、と。蓋し過ちを改むるは速やかなるを宜しとす。悔に祗らざる所以なり。一過すら既に甚だしと為す。既に其の過ちを知る、其れ豈に再び過つべけんや。顔子は過ちを弐びせず。此れ法と為すべし。衆人の頻りに復るが如きは、咎無しと雖も、厲くして悔多き所以なり。吾曹は慾多し。須らく堅忍して再び過つこと無かるべし。正に是れ学問の力を得る処なり。若し是の如くならざれば、以て学を為すに足らざるなり。
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