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大和俗訓 / 巻之四・心術下

一人のあやまちは、氣質の偏なる所よりおこる。我が氣質の惡しきを變ずるみちは、己が過ぎたるをおさへて、足らざる所をつとむべし。强すぎたる人は、やはらかなるべし。よわき人は、つとめてはげむべし。はや過ぎたる人は、ゆるやかなるべし。にぶき人は、つとめてするどに行ふべし。其餘も、みなかくの如くすべし。むかし西門豹といひし人は、性急なり。つねに韋をおびて戒とす。韋はやはらかなるものなり。董安于といひし人は性緩し。常に弓の弦をおびて戒とす。弦は急なるものなり。かやうにわが惡しきを改むるに志あらば、いかに偏性なりとも、などか氣質を變ぜざるべき。學問は氣質のあしき所を知りて、克つを要とす。是あやまりを少なくする道なり。かくの如くならざれば、學問の益なし。

新字:一人のあやまちは、気質の偏なる所よりおこる。我が気質の悪しきを変ずるみちは、己が過ぎたるをおさへて、足らざる所をつとむべし。強すぎたる人は、やはらかなるべし。よわき人は、つとめてはげむべし。はや過ぎたる人は、ゆるやかなるべし。にぶき人は、つとめてするどに行ふべし。其余も、みなかくの如くすべし。むかし西門豹といひし人は、性急なり。つねに韋をおびて戒とす。韋はやはらかなるものなり。董安于といひし人は性緩し。常に弓の弦をおびて戒とす。弦は急なるものなり。かやうにわが悪しきを改むるに志あらば、いかに偏性なりとも、などか気質を変ぜざるべき。学問は気質のあしき所を知りて、克つを要とす。是あやまりを少なくする道なり。かくの如くならざれば、学問の益なし。

書き下し

一人のあやまちは、気質の偏なる所よりおこる。我が気質の悪しきを変ずるみちは、己が過ぎたるをおさへて、足らざる所をつとむべし。強すぎたる人は、やはらかなるべし。よわき人は、つとめてはげむべし。はや過ぎたる人は、ゆるやかなるべし。にぶき人は、つとめてするどに行ふべし。其余も、みなかくの如くすべし。むかし西門豹といひし人は、性急なり。つねに韋をおびて戒とす。韋はやはらかなるものなり。董安于といひし人は性緩し。常に弓の弦をおびて戒とす。弦は急なるものなり。かやうにわが悪しきを改むるに志あらば、いかに偏性なりとも、などか気質を変ぜざるべき。学問は気質のあしき所を知りて、克つを要とす。是あやまりを少なくする道なり。かくの如くならざれば、学問の益なし。

現代語訳

人の過ちは、気質の偏ったところから起こります。自分の気質の悪いところを変える道は、自分の過ぎたところをおさえて、足りないところを努めることです。強すぎる人はやわらかくあるべきです。弱い人は努めて励むべきです。せっかちすぎる人はゆるやかであるべきです。にぶい人は努めて機敏に行うべきです。そのほかもみなこのようにしなさい。昔、西門豹という人は性急でした。いつもなめし革を帯びて戒めとしました。なめし革はやわらかいものです。董安于という人は性格がゆるやかでした。いつも弓の弦を帯びて戒めとしました。弦は張りつめたものです。このように自分の悪いところを改めることに志があれば、どんなに偏った性質であっても、どうして気質を変えられないことがありましょうか。学問は気質の悪いところを知って、それに打ち勝つことを要とします。これが過ちを少なくする道です。このようでなければ、学問の益はありません。

解説

西門豹と董安于の逸話は『韓非子』観行篇に見えるもので、せっかちな者はやわらかな革を、のんびりした者は張った弓弦を身につけて自分を戒めたという話です。益軒は、過ちの多くは生まれつきの気質の偏りから生じるので、自分の偏りを自覚して反対側を意識的に努めよと説きます。朱子学でいう「気質の変化」です。短気な人は一呼吸おく工夫を、腰の重い人は期限を決める工夫をと、自分の癖に合った戒めを身近に置くことは、今でもすぐに試せる自己改善の方法です。

この章句が説くこと

気質過ち学問克己性格

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