大和俗訓 / 巻之四・心術下
これを以て、人の心にもとより樂あることを知るべし。もし欲にひかれて、此樂をうしなふは、天地の道にそむけり。いかなる横逆にあひ、不幸にあふとも、常に此樂を失ふべからず。聖人やゝもすれば、此樂を說き給ふ。此樂の人に切なることを知るべし。仲尼顏子の樂は、我輩愚者の知るべきことにあらず。ただ愚人にも、各生れつきたる樂あることを知りて、樂を失はざる工夫あるべし。われも人も、人欲さかんなれば、此樂を知らず。樂と欲と兩立せず。樂めば欲なし、欲あれば樂なし。此理をよく思ひて、わきまへ知るべし。樂は常人の事にあらずといふべからず。
新字:これを以て、人の心にもとより楽あることを知るべし。もし欲にひかれて、此楽をうしなふは、天地の道にそむけり。いかなる横逆にあひ、不幸にあふとも、常に此楽を失ふべからず。聖人やゝもすれば、此楽を説き給ふ。此楽の人に切なることを知るべし。仲尼顔子の楽は、我輩愚者の知るべきことにあらず。ただ愚人にも、各生れつきたる楽あることを知りて、楽を失はざる工夫あるべし。われも人も、人欲さかんなれば、此楽を知らず。楽と欲と両立せず。楽めば欲なし、欲あれば楽なし。此理をよく思ひて、わきまへ知るべし。楽は常人の事にあらずといふべからず。
書き下し
これを以て、人の心にもとより楽あることを知るべし。もし欲にひかれて、此楽をうしなふは、天地の道にそむけり。いかなる横逆にあひ、不幸にあふとも、常に此楽を失ふべからず。聖人ややもすれば、此楽を説き給ふ。此楽の人に切なることを知るべし。仲尼顔子の楽は、我輩愚者の知るべきことにあらず。ただ愚人にも、各生れつきたる楽あることを知りて、楽を失はざる工夫あるべし。われも人も、人欲さかんなれば、此楽を知らず。楽と欲と両立せず。楽めば欲なし、欲あれば楽なし。此理をよく思ひて、わきまへ知るべし。楽は常人の事にあらずといふべからず。
現代語訳
これによって、人の心にもとより楽しみがあることを知りなさい。もし欲にひかれて、この楽しみを失うのは、天地の道にそむいています。どんな理不尽にあい、不幸にあっても、いつもこの楽しみを失ってはいけません。聖人はややもすれば、この楽しみを説かれました。この楽しみが人にとって切実なものであることを知りなさい。孔子や顔回の楽しみは、われら愚か者の知るべきことではありません。ただ愚かな人にも、それぞれ生まれつきの楽しみがあることを知って、楽しみを失わない工夫をすべきです。自分も人も、人欲が盛んであれば、この楽しみを知りません。楽しみと欲とは両立しません。楽しめば欲はなく、欲があれば楽しみはありません。この理をよく思って、わきまえ知りなさい。楽しみは常人のことではない、と言ってはいけません。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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徒然草・第129段顔囘は、志人に労を施さじとなり。すべて人を苦しめ、物を虐ぐる事、賎しき民の志をも奪ふべからず。又幼き子を賺し嚇し、言ひ辱しめて興ずることあり。大人しき人は、まことならねば事にもあらず思へど、幼き心には、身にしみて恐ろしく、恥しく、あさましき思ひ、誠に切なるべし。これを悩して興ずる事、慈悲の心にあらず。大人しき人の、喜び怒り哀れび楽しぶも、皆虚妄なれども、誰か実有の相に著せざる。身を破るよりも、心を痛ましむるは、人を害ふ事なほ甚だし。病を受くる事も、多くは心より受く。外より来る病は少なし。薬を飮みて汗を求むるには、験なき事あれども、一旦恥ぢ恐るゝことあれば、かならず汗を流すは、心のしわざなりといふことを知るべし。凌雲の額を書きて、白頭の人となりし例なきにあらず。
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史記 仲尼弟子列伝顔回は、魯の人なり、字は子淵。孔子より少きこと三十歳。顔淵、仁を問ふ。孔子曰く、「己に克ち礼に復る、天下仁に帰す」と。孔子曰く、「賢なるかな回や、一箪の食、一瓢の飲、陋巷に在り、人は其の憂ひに堪へず、回や其の楽しみを改めず。回や愚なるが如し、退きて其の私を省みれば、亦た以て発するに足る、回や愚ならず。之を用ふれば則ち行ひ、之を捨つれば則ち蔵る、唯我と爾とのみ是れ有るかな」と。回、年二十九、髪尽く白くして蚤く死す。孔子之を哭して慟し、曰く、「吾に回有りて自り、門人益々親しむ」と。魯の哀公問ふ、「弟子は孰をか学を好むと為すか」と。孔子対へて曰く、「顔回なる者有り、学を好み、怒りを遷さず、過ちを貮たびせず。不幸短命にして死せり。今や則ち亡し」と。
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論語・雍也篇哀公問う、弟子孰か学を好むと為す。孔子対えて曰く、顔回という者あり、学を好む。怒りを遷さず、過ちを二たびせず。不幸短命にして死せり。今は則ち亡し、未だ学を好む者を聞かざるなり。
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論語・雍也篇子曰く、『回や、その心三月仁に違わず。其の余は則ち日月至るのみ。』
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中庸子曰く、「回(かい)の人と為(な)りや、中庸を択び、一善を得れば、則ち拳拳(けんけん)服膺(ふくよう)して之を失わず」と。
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説苑・辨物孔子晨(あした)に堂上に立ち、哭する者の声音甚だ悲しきを聞く。孔子琴を援(と)りて之を鼓す、其の音同じ。孔子出づるに、弟子吒(さ)する者有り。問う、「誰ぞや。」曰わく、「回なり。」孔子曰わく、「回何為(なんす)れぞ吒するや。」回曰わく、「今者哭する者有り、其の音甚だ悲し。独り死を哭するのみに非ず、又生きて離るる者を哭するなり。」孔子曰わく、「何を以て之を知るや。」回曰わく、「完山の鳥に似たり。」孔子曰わく、「何如(いかん)。」回曰わく、「完山の鳥四子を生み、羽翼已に成りて乃ち四海に離る。哀鳴して之を送るは、是れ往きて復た返らざればなり。」孔子人をして哭する者に問わしむ。哭する者曰わく、「父死して家貧しく、子を売りて以て之を葬らんとす、将に其れ与に別れんとするなり。」孔子曰わく、「善いかな、聖人なり。」
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