大和俗訓 / 巻之四・心術下
一樂は人の心に生れつきたる天機にして、本自らこれあり。されども私欲あれば、耳目口體の欲にそこなはれ、喜怒哀懼の情におほはれて、此樂を失ふ。君子は情慾にやぶられずして、常に此樂を失はず。いかなる患難の事にあひても、此天然自有の樂を改めず。又風花雪月の外境にふるれば、心の內にある本然の樂外物と相和して、彌樂む。是外物を以て、はじめて樂とするにはあらず、外物來りて、本然の樂をたすくるなり。天地の道、陰陽の化、四時のめぐりは、つねに和氣あり。是天地の樂なり。此樂たゞ人にあるのみにあらず、鳶のとび、魚のをどるも、凡禽獸のさへづり鳴くも、草木のさかえ、花さき實のるも、みな是天機の發生する所、萬物自然の樂なり。
新字:一楽は人の心に生れつきたる天機にして、本自らこれあり。されども私欲あれば、耳目口体の欲にそこなはれ、喜怒哀懼の情におほはれて、此楽を失ふ。君子は情慾にやぶられずして、常に此楽を失はず。いかなる患難の事にあひても、此天然自有の楽を改めず。又風花雪月の外境にふるれば、心の内にある本然の楽外物と相和して、弥楽む。是外物を以て、はじめて楽とするにはあらず、外物来りて、本然の楽をたすくるなり。天地の道、陰陽の化、四時のめぐりは、つねに和気あり。是天地の楽なり。此楽たゞ人にあるのみにあらず、鳶のとび、魚のをどるも、凡禽獣のさへづり鳴くも、草木のさかえ、花さき実のるも、みな是天機の発生する所、万物自然の楽なり。
書き下し
一楽は人の心に生れつきたる天機にして、本自らこれあり。されども私欲あれば、耳目口体の欲にそこなはれ、喜怒哀懼の情におほはれて、此楽を失ふ。君子は情慾にやぶられずして、常に此楽を失はず。いかなる患難の事にあひても、此天然自有の楽を改めず。又風花雪月の外境にふるれば、心の内にある本然の楽外物と相和して、弥楽む。是外物を以て、はじめて楽とするにはあらず、外物来りて、本然の楽をたすくるなり。天地の道、陰陽の化、四時のめぐりは、つねに和気あり。是天地の楽なり。此楽ただ人にあるのみにあらず、鳶のとび、魚のをどるも、凡禽獣のさへづり鳴くも、草木のさかえ、花さき実のるも、みな是天機の発生する所、万物自然の楽なり。
現代語訳
楽しみは人の心に生まれつきそなわった天機であって、もとから自然にあるものです。けれども私欲があれば、耳目口体の欲にそこなわれ、喜怒哀懼の感情に覆われて、この楽しみを失います。君子は情欲に破られず、いつもこの楽しみを失いません。どんな患難にあっても、この天然自有の楽しみを改めません。また風・花・雪・月のような外の景色に触れれば、心の内にある本来の楽しみが外物と和して、いよいよ楽しみます。これは外物によってはじめて楽しみとするのではなく、外物が来て、本来の楽しみを助けるのです。天地の道、陰陽の変化、四季のめぐりには、いつも和やかな気があります。これが天地の楽しみです。この楽しみはただ人にあるだけではなく、とびが飛び、魚が躍るのも、およそ鳥獣がさえずり鳴くのも、草木が茂り花が咲き実がなるのも、みなこれ天機の発するところで、万物自然の楽しみです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『楽訓』巻之上・総論一およそ人の心に、天地よりうけ得たる太和の元気あり。是人の生ける理なり。草木の発生して止まざるが如く、つねに我が心の内に、天機の生きてやはらぎ喜べる勢の止まざるものあり。是を名づけて楽と云ふ。是人の心の生理なれば、即是仁の理なり。唯賢者のみ此楽あるにあらず、なべての人も皆これあり。されど学ばざれば此楽を知らず。易に百姓日々に用ひて知らずといへるが如し。又私慾にわづらはされて、此楽をうしなふ。ひとり賢者は此楽を知り、又私慾のわづらひなくして、楽を失はず、唯人のみ此楽あるにあらず、鳥獣草木にも此楽あり。草木の生ひ茂り、花さき実のり、鳥のさへづり、獣のたはぶれ遊び、鳶の飛んで天にいたり、魚の淵にをどるも、皆此楽を得たるなり。されども衆人すら此楽を知らずして失へり、いはんや鳥獣は云ふに及ばず。
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『楽訓』巻之上・総論外物の養を以て内の楽を助くるは、外にある飲食衣服の養を以て、内なる元気を助くるが如し。又心の内に此楽あれば、飲食などの外のやしなひも、皆楽の助となる。しかのみならず、朝ゆふべ目の前にみちたる天地の大なるしわざ、月日の明けき光、四時のめぐり行く序にしたがへる、折々の景気のうるはしき有様、雲煙のたなびける朝夕の変態、山のたたずまひ、川のながれ、風のそよぎ、雨露のうるほひ、雪のきよき、花のよそほひ、芳草のさかえ、嘉木のしげれる、鳥獣虫魚のしわざまで、すべて万物の生意の止まざる、是をもてあそべば、きはまりなき楽なり。是に対すれば、其心を開き、其情を清くし、道心を感じ興し、鄙吝を洗ひ尽すべし。是を天機に触発すと云ふ。触発とは、外物にふれて善心をおこすをいへり。是外物の養をかりて、内の楽を助くるなり。
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『大和俗訓』巻之四・心術下これを以て、人の心にもとより楽あることを知るべし。もし欲にひかれて、此楽をうしなふは、天地の道にそむけり。いかなる横逆にあひ、不幸にあふとも、常に此楽を失ふべからず。聖人ややもすれば、此楽を説き給ふ。此楽の人に切なることを知るべし。仲尼顔子の楽は、我輩愚者の知るべきことにあらず。ただ愚人にも、各生れつきたる楽あることを知りて、楽を失はざる工夫あるべし。われも人も、人欲さかんなれば、此楽を知らず。楽と欲と両立せず。楽めば欲なし、欲あれば楽なし。此理をよく思ひて、わきまへ知るべし。楽は常人の事にあらずといふべからず。
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『慎思録』巻之一人の心に、本然の楽しみ有れば、則ち目の睹る所、耳の聴く所、身の触るる所、風花雪月四時の佳興、山川の好景、鳥獣の和鳴、草木の栄華、凡そ天地の間に満つる者は、皆以て吾が本然の楽しみを資くるに足る。是を以て天下の物を挙げて、皆以て吾が心を悦ばしめ吾が身を養ふの具と為すべし。其の富饒なるや、終身用ひ尽くすべからず。惟外物の美を藉りて以て吾が楽しみと為すに非ず。外物の美来たり触れて、吾が本然の楽しみを資くるのみ。苟も本然の楽しみ無ければ、則ち外物の我が身に奉じ我が欲を誘ふ者は、適に以て吾が心を累はし吾が身を傷ふの具と為すに足るのみ。何ぞ以て楽しみと為すに足らんや。
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『楽訓』巻之中・節序一一年の内、天地の道常にめぐり、四時に行はれて、万古よりこのかた止まず。其間霞たつより雪の積れるまで、其けしき、をりをりに異なり。又朝夕のけしき日々に異なれる、変態きはまりなき眺也。天にありて象をなせるは、日月の輝き、風雨のうるほひ、霜雪の清らかなる、雲烟のたなびけるは、天の文なり。地にありて形をなせるは、山河のそばたち流れ、江海の深く広き、鳥獣の鳴き動き、草木の生茂れるは、地の文なり。かくの如く、天地の内、四時の行はれ、百物のなれる有様、目のまへにみちみちて、人の見る事を喜ばしめ、心を感ぜしむる事、大なる楽なるかな。これを楽まん人は眼力を以て境界とし、四時を以て良辰として、其楽何ぞ唯人間三公の貴き万戸侯の富に比べんや。よく心をとめて翫ばん人は、其楽極りなかるべし。
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『楽訓』巻之上・総論一心明かにして、世の理をよく思ひ知り、物に情あらん人は、我が心にある楽を知りて本とし、身の外、四の時、をりをりにつきて、天地陰陽の道の行はるるをもてあそび、天地の内なる万のありさまを見聞くに従ひて、耳目を悦ばしめ、心を快くし、其楽極りなくして、手のまひ足のふむ事を知らざるべし。
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