大和俗訓 / 巻之四・心術下
一抱朴子といへる書に、玄蟬潔饑、不羨蜣螂穢飽といへり。言ふ意は、蟬はきよき露を飮み、うゑて腹空しけれど、蜣螂の糞土をくらひて、常に飽けるをうらやまずとなり。しかれば、廉潔にして貧賤ならんは、不義にして富貴なるにまされり。不義の富貴うらやむべからず。世にへつらひ、人をむさぼりて富を得るは、樂むべき理にあらず。貧賤なるは、かへつて富貴にまさる道理もあり。よく思ひて知るべし。
新字:一抱朴子といへる書に、玄蝉潔饑、不羨蜣螂穢飽といへり。言ふ意は、蝉はきよき露を飲み、うゑて腹空しけれど、蜣螂の糞土をくらひて、常に飽けるをうらやまずとなり。しかれば、廉潔にして貧賤ならんは、不義にして富貴なるにまされり。不義の富貴うらやむべからず。世にへつらひ、人をむさぼりて富を得るは、楽むべき理にあらず。貧賤なるは、かへつて富貴にまさる道理もあり。よく思ひて知るべし。
書き下し
一抱朴子といへる書に、玄蝉は潔くして饑うるも、蜣螂の穢れて飽くを羨まずといへり。言ふ意は、蝉はきよき露を飲み、うゑて腹空しけれど、蜣螂の糞土をくらひて、常に飽けるをうらやまずとなり。しかれば、廉潔にして貧賤ならんは、不義にして富貴なるにまされり。不義の富貴うらやむべからず。世にへつらひ、人をむさぼりて富を得るは、楽むべき理にあらず。貧賤なるは、かへつて富貴にまさる道理もあり。よく思ひて知るべし。
現代語訳
『抱朴子』という書に「玄蟬は潔くして饑うるも、蜣螂の穢れて飽くを羨まず」とあります。その意味は、蟬は清らかな露を飲み、飢えて腹がすいていても、フンコロガシが糞土を食べていつも満腹しているのをうらやまない、ということです。そうであれば、清廉で貧しいことは、不義で富んでいることにまさっています。不義の富貴をうらやんではいけません。世にへつらい、人からむさぼって富を得るのは、楽しむべき道理ではありません。貧しいことは、かえって富貴にまさる道理もあります。よく考えて知りなさい。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『大和俗訓』巻之四・心術下一富貴をきはむといふとも、人欲だにあらば、其願つくる事なくて、貧賤にして慾すくなきに劣るべし。理義の楽は、位なくして貴く、禄なくして富めり。其楽きはまりなし。いかんとなれば、内に楽ありて、外に願なければなり。
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『慎思録』巻之六貧賤は衆人の悪む所、富貴は衆人の好む所なり。然れども学問の好否を以て之を論ずれば、則ち貧賤にして学を好む者は、其の富貴にして学ばざる者に勝る所遠し。何ぞや。蓋し貧賤なる者は、身に労苦有りと雖も、心に憂患無し。其の学を好む者は、清福の楽有りて、放縦の禍無く、閑暇多くして安静なり。少年より淫泆の災ひ、驕怠の失無し。故に刻苦して書を読む者は、其の心を用ゐるや精し。故に理に達し易くして、得る所深しと為す。富貴なる者は、身安佚なりと雖も、心憂苦多く、清福の楽無くして、淫溺の禍有り。幼より安逸に狃れ驕怠に耽りて、学問に勤労せず。故に心を用ゐること精しからずして、道理に於いて達する所無し。故に終身得る所無し。其の楽しむ所は飲食声色器玩服飾禽獣の間に止まりて、迷溺して身を終ふ。其の淫泆の甚だしき者は、楽しみ未だ既きずして憂ひ速やかに至る。是を以て災害洊りに至る。楽と為すべからず。或は此を以て楽と為すと雖も、然れども其の楽しむ所浅し。胡五峰曰く、貧賤に因りて修益する者は多く、富貴に因りて淫泆に失はざる者は寡しと。則ち富貴は貧賤に若かず。誠なるかな斯の言や。此を以て之を見れば、則ち富貴にして学を好まざる者は、其の損する所多く益する所少なく、且つ楽しむ所も亦寡しと為す。貧賤にして学を好む者は、其の益する所多く損する所少なく、且つ楽しむ所も亦多しと為す。豈に其れ然らざらんや。
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『楽訓』巻之上・総論況や富貴厚禄の人は、多くの人の飢をたすくること、いとやすき事になん侍る。唯志のなきを恥ぢて、財の足らざるに事をよすべからず。富貴なれば、おごり怠りやすくして、此楽を得がたし。貧賤の人は、おこたり少なくして、さとし易し。富貴の人は、世のはかなきわざ多きに迷ひて、書を読んで道を楽むことを知らず。然れば富貴なるは、かへつて不幸と云ふべし。此大なる楽を得がたければなり。古語に、貧しきは富めるにまされりと云ひ、又読書は貧者の楽といへるもむべなり。我がともがら愚かにして又いやしければ、ちりひぢの数にもあらぬ身なれど、書をよみ道をたふとぶ楽は、いかなる富貴にもかへがたし。
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『慎思録』巻之六富貴は貧賤に若かず。其の富貴に居るや、奚を以て喜ばん。其の貧賤に居るや、奚を以て悲しまん。其の故若何。蓋し富貴なれば則ち驕怠し易し、故に道心滅ぶ。貧賤なれば則ち勤倹し易し、故に道心生ず。是を以て富貴は失ふ所常に多く、貧賤は得る所常に多し。此れ富貴の貧賤に如かず、貧賤の富貴に勝る所以なり。
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『文武訓』文訓下かくの如くならば、家富めるとも、まことにさいはひ無き人なるべし。貧賤なる人も、此楽を知りて楽まば、さいはひあつき人なるべし、又よはひを久しくたもつとも、はかなくて命長くば、楽なかるべし。たとひ、神武天皇の御時より、今の世までいきたりとも、只、長き夢見たる心地して、長生の楽なかるべし。夫富貴は人のねがふ所、貧賤は人のきらふ所なり。されども、右にいひし如く、富貴によりて道をうしなひ、貧賤にして道を得やすくば、貧賤なるは、かへりて富貴にまさるべし。是、胡氏が知言の説なり。もし、富貴にして道を行はば、其めぐみひろく、其楽も亦大なるべし。しからば、富貴をねがふもむべなり。
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『大和俗訓』巻之四・心術下一慾すくなくして、わが身の足る事を知るものは、分限を安んじて、貧賤にしても亦楽しむ。たのしむ者は常にあきたる。慾多くして、足る事を知らざるものは、富貴にしても、分限を知らずして、あきたらず。あきたらざる者は、楽むことを知らずして、外に求めて止まず。つひにわざはひとなる事、亦多し。
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