大和俗訓 / 巻之四・心術下
一慾すくなくして、わが身の足る事を知るものは、分限を安んじて、貧賤にしても亦樂しむ。たのしむ者は常にあきたる。慾多くして、足る事を知らざるものは、富貴にしても、分限を知らずして、あきたらず。あきたらざる者は、樂むことを知らずして、外に求めて止まず。つひにわざはひとなる事、亦多し。
新字:一慾すくなくして、わが身の足る事を知るものは、分限を安んじて、貧賤にしても亦楽しむ。たのしむ者は常にあきたる。慾多くして、足る事を知らざるものは、富貴にしても、分限を知らずして、あきたらず。あきたらざる者は、楽むことを知らずして、外に求めて止まず。つひにわざはひとなる事、亦多し。
書き下し
一慾すくなくして、わが身の足る事を知るものは、分限を安んじて、貧賤にしても亦楽しむ。たのしむ者は常にあきたる。慾多くして、足る事を知らざるものは、富貴にしても、分限を知らずして、あきたらず。あきたらざる者は、楽むことを知らずして、外に求めて止まず。つひにわざはひとなる事、亦多し。
現代語訳
欲が少なく、自分の身の足ることを知る者は、分限に安んじて、貧しく身分が低くても楽しみます。楽しむ者はいつも満ち足りています。欲が多く、足ることを知らない者は、富貴であっても分限を知らずに満足しません。満足しない者は楽しむことを知らず、外に求めてやみません。ついに災いとなることもまた多いのです。
解説
『老子』の「足るを知る者は富む」に通じる知足の教えです。欲の少ない人は、今の自分の分に満足して楽しめるので、いつも満たされています。反対に欲の多い人は、どれほど持っていても満足できず、外に求め続けて、ついには災いを招くと益軒は言います。収入が増えても支出が増えて暮らしが楽にならない、という経験は多くの人にあるでしょう。満足の基準を自分の内側に持つことが、心の豊かさと身の安全を同時に守る道だと分かります。
この章句が説くこと
知足欲分限楽しみ富貴
関連する章句
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『大和俗訓』巻之四・心術下一富貴をきはむといふとも、人欲だにあらば、其願つくる事なくて、貧賤にして慾すくなきに劣るべし。理義の楽は、位なくして貴く、禄なくして富めり。其楽きはまりなし。いかんとなれば、内に楽ありて、外に願なければなり。
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『楽訓』巻之上・総論一君子は足る事を知り、貪なければ、身貧しけれども心富めり。古語に、知足者は心富めりといへるが如し。小人は身富めれども、心まどし。むさぼり多くして、あきたらざればなり。然れば唯此楽を知りて、貧賤を安んじ、富貴を願はざる計をなすべし。老いてはいよいよむさぼらず、足る事を知りて、貧賤を甘んずべし。
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『大和俗訓』巻之四・心術下一わが身に、事足ることを知れば、貧賤にしても、亦たのしむ。足ることを知らざれば、富貴なりといへども楽まず。一我が身の行の善悪は、世人の誉毀をあながちにかねにして、喜び懼るべからず。ただ道理を以て法とすべし。わが行道理にかなはば、世こぞりて毀るともおそるべからず。わが行道理にそむかば、世こぞりて誉るとも喜ぶべからず。よき人に誉られ、あしき人に毀らるるこそ、君子とはいふべけれ。人ごとにほむる者は、かへりてうたがはし。おほくは巧にして飾る人なるべし。
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『楽訓』巻之上・総論一我が身の足る事を知りて、分をやすんずる人まれなり。是分外をねがふによりて、楽を失へり。知足の理をよく思ひてつねに忘るべからず。足る事を知れば、貧賤にしても楽む。足る事を知らざれば、富貴をきはむれども、猶あきたらずして、楽まず。かくて富貴ならんは、貧賤なる人の足れる事を知れるには、はるかに劣れり。富貴貧賤は、賢愚によらず、唯生れつきたる分あり。古人の詩に、耕牛宿食なし、蔵鼠余糧ありといへるが如し。賢者も貧しく、不肖者も富める人多し。是生れつきたる分なり。分を安じて、分外をうらやみ願ふべからず。外をねがふ人は、楽なくしてうれひ多し。禍も亦これよりおこる。愚なりと云ふべし。世には福われほどもなき人多し。我より下なる人を見て、足る事を知り、分を安じ、外をねがはざれば、うれひなく楽多くして、わざはひなし。又極めて貧しき人も、人各生れつきたる分ある事を知りて、分を安じて、天をうらみ人をとがむべからず。
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『大和俗訓』巻之四・心術下これを以て、人の心にもとより楽あることを知るべし。もし欲にひかれて、此楽をうしなふは、天地の道にそむけり。いかなる横逆にあひ、不幸にあふとも、常に此楽を失ふべからず。聖人ややもすれば、此楽を説き給ふ。此楽の人に切なることを知るべし。仲尼顔子の楽は、我輩愚者の知るべきことにあらず。ただ愚人にも、各生れつきたる楽あることを知りて、楽を失はざる工夫あるべし。われも人も、人欲さかんなれば、此楽を知らず。楽と欲と両立せず。楽めば欲なし、欲あれば楽なし。此理をよく思ひて、わきまへ知るべし。楽は常人の事にあらずといふべからず。
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『大和俗訓』巻之四・心術下一家の内妻子家人の、われにつかふる勤、十分にわが心にあはざるとて、せめ怒るべからず。人にまじはるには、恕を以て人の非をゆるすべし。又わが衣食、家居、器物、財用など、事ごとに、わが心に十分に足りなんことを求むべからず。常に不足の事あるがよし。十分心にかなへば禍あり。家のいらかをふきて三瓦をおほさず、衣のえりを欠くも此意なりと、古人いへり。
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