楽訓 / 巻之上・総論
一我が身の足る事を知りて、分をやすんずる人まれなり。是分外をねがふによりて、樂を失へり。知足の理をよく思ひてつねに忘るべからず。足る事を知れば、貧賤にしても樂む。足る事を知らざれば、富貴をきはむれども、猶あきたらずして、樂まず。かくて富貴ならんは、貧賤なる人の足れる事を知れるには、はるかに劣れり。富貴貧賤は、賢愚によらず、唯生れつきたる分あり。古人の詩に、耕牛宿食なし、藏鼠餘糧ありといへるが如し。賢者も貧しく、不肖者も富める人多し。是生れつきたる分なり。分を安じて、分外をうらやみ願ふべからず。外をねがふ人は、樂なくしてうれひ多し。禍も亦これよりおこる。愚なりと云ふべし。世には福われほどもなき人多し。我より下なる人を見て、足る事を知り、分を安じ、外をねがはざれば、うれひなく樂多くして、わざはひなし。又極めて貧しき人も、人各生れつきたる分ある事を知りて、分を安じて、天をうらみ人をとがむべからず。
新字:一我が身の足る事を知りて、分をやすんずる人まれなり。是分外をねがふによりて、楽を失へり。知足の理をよく思ひてつねに忘るべからず。足る事を知れば、貧賤にしても楽む。足る事を知らざれば、富貴をきはむれども、猶あきたらずして、楽まず。かくて富貴ならんは、貧賤なる人の足れる事を知れるには、はるかに劣れり。富貴貧賤は、賢愚によらず、唯生れつきたる分あり。古人の詩に、耕牛宿食なし、蔵鼠余糧ありといへるが如し。賢者も貧しく、不肖者も富める人多し。是生れつきたる分なり。分を安じて、分外をうらやみ願ふべからず。外をねがふ人は、楽なくしてうれひ多し。禍も亦これよりおこる。愚なりと云ふべし。世には福われほどもなき人多し。我より下なる人を見て、足る事を知り、分を安じ、外をねがはざれば、うれひなく楽多くして、わざはひなし。又極めて貧しき人も、人各生れつきたる分ある事を知りて、分を安じて、天をうらみ人をとがむべからず。
書き下し
一我が身の足る事を知りて、分をやすんずる人まれなり。是分外をねがふによりて、楽を失へり。知足の理をよく思ひてつねに忘るべからず。足る事を知れば、貧賤にしても楽む。足る事を知らざれば、富貴をきはむれども、猶あきたらずして、楽まず。かくて富貴ならんは、貧賤なる人の足れる事を知れるには、はるかに劣れり。富貴貧賤は、賢愚によらず、唯生れつきたる分あり。古人の詩に、耕牛宿食なし、蔵鼠余糧ありといへるが如し。賢者も貧しく、不肖者も富める人多し。是生れつきたる分なり。分を安じて、分外をうらやみ願ふべからず。外をねがふ人は、楽なくしてうれひ多し。禍も亦これよりおこる。愚なりと云ふべし。世には福われほどもなき人多し。我より下なる人を見て、足る事を知り、分を安じ、外をねがはざれば、うれひなく楽多くして、わざはひなし。又極めて貧しき人も、人各生れつきたる分ある事を知りて、分を安じて、天をうらみ人をとがむべからず。
現代語訳
自分の身に足ることを知って分に安んじる人はまれです。これは分を超えたことを願うために楽しみを失っているのです。足るを知る道理をよく考えて、常に忘れてはなりません。足ることを知れば、貧賤でも楽しみます。足ることを知らなければ、富貴を極めても、なお満足せず楽しみません。そのような富貴は、貧賤な人が足ることを知っているのに、はるかに劣ります。富貴や貧賤は賢愚によらず、ただ生まれつきの分があるのです。古人の詩に「耕す牛には一晩分の食べ物もなく、蔵の鼠には余った食糧がある」と言うとおりです。賢者でも貧しく、愚か者でも富んでいる人が多いものです。これは生まれつきの分です。分に安んじて、分を超えたことをうらやみ願ってはなりません。外を願う人は、楽しみがなく憂いが多いものです。災いもまたここから起こります。愚かと言うべきです。世の中には自分ほどの幸いもない人が多くいます。自分より下の人を見て、足ることを知り、分に安んじ、外を願わなければ、憂いがなく楽しみが多くて、災いもありません。また極めて貧しい人も、人にはそれぞれ生まれつきの分があることを知って、分に安んじ、天を恨み人をとがめてはなりません。
解説
この章句が説くこと
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