大和俗訓 / 巻之四・心術下
一人の心の内は、常に恭敬和樂なるべし。恭敬はつゝしみうやまふなり。恭敬ならざれば、心ほしいまゝにして、惡き方にながれて、禮の本たゝず。和樂はやはらぎたのしむなり。和樂ならざれは、心うれひくるしみ、道理にしたがはずして、樂のもとたゝず。此二は、車の兩輪、鳥の兩翼のごとし。ならび行はれて、そむかざるべし。いかなる惡しき俗人に交るとも、ながれて恭敬を失ふべからず。いかなる不幸なる事にあふとも、心をくるしめて、和樂を失ふべからず。禮經に、禮樂はしばらくも身を離るべからずといへり。
新字:一人の心の内は、常に恭敬和楽なるべし。恭敬はつゝしみうやまふなり。恭敬ならざれば、心ほしいまゝにして、悪き方にながれて、礼の本たゝず。和楽はやはらぎたのしむなり。和楽ならざれは、心うれひくるしみ、道理にしたがはずして、楽のもとたゝず。此二は、車の両輪、鳥の両翼のごとし。ならび行はれて、そむかざるべし。いかなる悪しき俗人に交るとも、ながれて恭敬を失ふべからず。いかなる不幸なる事にあふとも、心をくるしめて、和楽を失ふべからず。礼経に、礼楽はしばらくも身を離るべからずといへり。
書き下し
一人の心の内は、常に恭敬和楽なるべし。恭敬はつつしみうやまふなり。恭敬ならざれば、心ほしいままにして、悪き方にながれて、礼の本たたず。和楽はやはらぎたのしむなり。和楽ならざれは、心うれひくるしみ、道理にしたがはずして、楽のもとたたず。此二は、車の両輪、鳥の両翼のごとし。ならび行はれて、そむかざるべし。いかなる悪しき俗人に交るとも、ながれて恭敬を失ふべからず。いかなる不幸なる事にあふとも、心をくるしめて、和楽を失ふべからず。礼経に、礼楽はしばらくも身を離るべからずといへり。
現代語訳
人の心の内は、いつも恭敬と和楽であるべきです。恭敬とはつつしみうやまうことです。恭敬でなければ、心がほしいままになり、悪い方に流れて、礼の本が立ちません。和楽とはやわらぎ楽しむことです。和楽でなければ、心は憂い苦しみ、道理に従わず、楽の本が立ちません。この二つは車の両輪、鳥の両翼のようなものです。ともに行って、そむき合わないようにすべきです。どんな悪い俗人と交わっても、流されて恭敬を失ってはいけません。どんな不幸なことにあっても、心を苦しめて和楽を失ってはいけません。『礼記』に「礼楽はしばらくも身を離るべからず」とあります。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『慎思録』巻之四楽の一字は、聖人の屢言ふ所、必ず以有るなり。是れ学者の当に知るべき所なり。以て高遠にして及ぶべからずと為して廃棄すべからざるなり。蓋し礼楽は脩身の本なり。礼は敬のみ。楽は楽なり。二者は、斯須も身を去るべからざる所以なり。楽は是れ心の生理なり。常人と雖も亦た之有り。君子は楽しみて道に順ひ、道を以て欲を制す。則ち楽しみて乱れず。小人は楽しみて欲に順ひ、欲を以て道を忘る。則ち乱れて楽しまず。蓋し小人の楽しむ所は、真の楽に非ざるなり。故に君子にして而る後に楽を得。楽に非ざれば則ち以て君子と為すべからず。仁者は憂へず。楽と憂との消長を以て、君子小人分かる。
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『呻吟語』外篇・品藻・樂は內外を知るを要す樂は內外を知るを要す。聖賢の樂は心に在り、故に順逆窮通處に隨ひて皆な泰なり。眾人の樂は物に在り、故に山溪花鳥境に遇ひて才かに生ず。
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『五常訓』巻之四・礼一礼記に云く、礼楽は斯須も身を去るべからず。君子の道、礼楽の二を以て、身ををさめ、人を教ふ。礼は心の恭敬を本として、万事身の行の上に節文あるを云ふ。楽とは心の和楽を本として、昔聖人の作りたまへる歌舞八音の音楽の文あるを云ふ。音楽は心の和をみちびくそなへなり。後代の淫楽の心をとらかすとは、大に同じからず。礼を以て身をつつしみ修め、楽を以て心をやはらげ楽む。此二の事、しばらくも身を離るべからずとなり。是古の教の法なり。後代には、礼楽の教伝らず。されど、心のつつしみと楽とは、今とても、しばらく忘るべからず。つつしみ楽の二は、互にならび行はれて、相そむかざるべし。礼勝てば、かた過ぎて、人と我との間和せず。楽勝てば、和か過ぎて、礼儀をうしなひて、悪しき方にながる。礼楽二ながらそなはりて、よき程の中道行はる。故に論語に、礼の用は和を貴しとすと云ふ。又曰く、行はれざる所有り、礼以て節すと云ふ。是礼楽の二を以て、身ををさめ、事を行ふ、よき程の道あるを云ふ。
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『慎思録』巻之四君子は礼楽を以て修身の本と為す。礼楽に本有り文有り。是れ礼楽の本を指して言ふ。斯須も身を去るべからざる所以なり。蓋し礼は恭敬を以て本と為し、楽は和楽を以て本と為す。文有る者は其の末なり。礼楽を以て身を修むる者は、須らく恭敬和楽並び行はれて、相悖らざるべし。文の如き者は、又其の助けなり。固より其の助け無かるべからざるなり。而れども之を以て専務と為すべからず。
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『慎思録』巻之五礼楽は、聖人の人に教ふるの具なり。故に曰く、礼楽は斯須も身を去るべからず、と。蓋し礼楽に本有り文有り。礼楽の文は繁多なりと雖も、然れども礼の本は是れ一箇の敬、楽の本は是れ一箇の和なり。礼、之を外に表せば、則ち制度品節と為り、楽、之を外に表せば、則ち詠歌舞蹈と為る。所謂礼楽の文なり。本無ければ則ち立たず、文無ければ則ち行はれず。故に礼楽は本と文とを兼ねて全備と為す。礼勝れば則ち離る。故に楽有るを要す。楽勝れば則ち流る。故に礼有るを要す。二者相済ふべく、一を闕くべからざるなり。
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『五常訓』巻之四・礼一聖人礼楽を作りて、人に教へたまふは、本なき事を作り出したまふにあらず。凡礼は天地の序なり。序とは次第あるを云ふ。陰陽の気、時節にしたがひて次第あるは、天地の礼なり。楽は天地の和なり。和とは、陰陽の気、時にしたがひて和同するを云ふ。是天地の楽なり。聖人天地の序と和とに本づきて、礼楽を作り給ふ。故に礼記に曰、天高く地下く、万物散殊して、礼制行はる。流れて息まず、合同して化して、楽興る。是は礼楽の根源をいへり。礼の本源をいはば、天高く地ひきくして、各其位あり。日月星辰より、風雨霜雪、草木禽獣等の万物にいたるまで、各其形色をあらはし、各其分限かはり、各時節の序あり。是天地万物の上に、自然に、各高下、次第、品節わかれたり。
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