大和俗訓 / 巻之四・心術下
一後悔は、前にこりて、後のあやまりを戒むる益あれば、誠にこれ善事なり。されば賈誼も、前事をわすれざるは、後事の師なりといへり。然れども、ながく心の内にとゞめて苦めば、滯りて必心の病となり、和樂をやぶる。一旦いましめて後、其事をすて、かさねて、しばしば後悔して、心を苦むべからず。たゞ後日をいましめて、かゝるあやまり無らんことを思ふべし。
新字:一後悔は、前にこりて、後のあやまりを戒むる益あれば、誠にこれ善事なり。されば賈誼も、前事をわすれざるは、後事の師なりといへり。然れども、ながく心の内にとゞめて苦めば、滞りて必心の病となり、和楽をやぶる。一旦いましめて後、其事をすて、かさねて、しばしば後悔して、心を苦むべからず。たゞ後日をいましめて、かゝるあやまり無らんことを思ふべし。
書き下し
一後悔は、前にこりて、後のあやまりを戒むる益あれば、誠にこれ善事なり。されば賈誼も、前事をわすれざるは、後事の師なりといへり。然れども、ながく心の内にとどめて苦めば、滞りて必心の病となり、和楽をやぶる。一旦いましめて後、其事をすて、かさねて、しばしば後悔して、心を苦むべからず。ただ後日をいましめて、かかるあやまり無らんことを思ふべし。
現代語訳
後悔は、前のことに懲りて、後の誤りを戒める益があるので、まことに善いことです。だから賈誼も「前の事を忘れないのは、後の事の師である」と言いました。けれども、長く心の中にとどめて苦しめば、滞って必ず心の病となり、和やかな楽しみを破ります。一度戒めたあとは、その事を捨てて、重ねてしばしば後悔し、心を苦しめてはいけません。ただ後日を戒めて、このような誤りがないようにと思いなさい。
解説
この章句が説くこと
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