大和俗訓 / 巻之四・心術下
一人の心の内、道德の至りて尊く、至りて樂むべき理あり。君子はこれを知りて、尊びたのしみて、外に求めず。小人はこれを知らず、德をそこなひ、道を失ひて、これを尊びたのしまず。たゞ俗樂の賤しきわざをのみ樂とし、利欲を專らとし、長くうれひ苦みて、樂を失ふ。人となるものは、此樂を知るを貴しとす。是を知らずんは、人となれるかひなかるべし。此樂を知らんとならば、まことの學問をよくつとめて其理を知るべし。
新字:一人の心の内、道徳の至りて尊く、至りて楽むべき理あり。君子はこれを知りて、尊びたのしみて、外に求めず。小人はこれを知らず、徳をそこなひ、道を失ひて、これを尊びたのしまず。たゞ俗楽の賤しきわざをのみ楽とし、利欲を専らとし、長くうれひ苦みて、楽を失ふ。人となるものは、此楽を知るを貴しとす。是を知らずんは、人となれるかひなかるべし。此楽を知らんとならば、まことの学問をよくつとめて其理を知るべし。
書き下し
一人の心の内、道徳の至りて尊く、至りて楽むべき理あり。君子はこれを知りて、尊びたのしみて、外に求めず。小人はこれを知らず、徳をそこなひ、道を失ひて、これを尊びたのしまず。ただ俗楽の賤しきわざをのみ楽とし、利欲を専らとし、長くうれひ苦みて、楽を失ふ。人となるものは、此楽を知るを貴しとす。是を知らずんは、人となれるかひなかるべし。此楽を知らんとならば、まことの学問をよくつとめて其理を知るべし。
現代語訳
人の心の内には、道徳がこの上なく尊く、この上なく楽しむべき理があります。君子はこれを知って、尊び楽しみ、外に求めません。小人はこれを知らず、徳をそこない、道を失って、これを尊び楽しみません。ただ俗な楽しみのいやしいわざばかりを楽しみとし、利欲をもっぱらにして、長く憂い苦しんで、楽しみを失います。人と生まれた者は、この楽しみを知ることを貴いとします。これを知らなければ、人と生まれたかいがないでしょう。この楽しみを知ろうとするなら、まことの学問をよく努めて、その理を知りなさい。
解説
この章句が説くこと
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『酔古堂剣掃』集法・貨財を積むの心を以て學問を積む貨財を積むの心を以て學問を積み、功名を求むるの念を以て道德を求め、子女を愛するの心を以て父母を愛し、爵位を保つの策を以て國家を保つ。
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『格言聯璧』持躬類・何物か是れ我なる外物を以て言へば、功名富貴を論ずる無く、即ち四肢百骸も、亦た軀殼なるのみ。 何物か是れ我なる、此に於て信じ得て及べば、則ち世味淡然たり。 天地に補ひ有るを功と曰ひ、世教に關はる有るを名と曰ひ、學問有るを富と曰ひ、謙恥有るを貴と曰ふ、是れを功名富貴と謂ふ。爲す無きを道と曰ひ、欲無きを德と曰ひ、鄙陋に習ふ無きを文と曰ひ、曖昧に近づく無きを章と曰ふ、是れを道德文章と謂ふ。
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『初学訓』巻之三一善を行ふに、愛敬の心を本とすべし。其人に随ひて、愛敬に厚薄有るべし。一学問するに、道を知らんことを以て心とし、善を行ひて、人を愛し助くるを以て事とすべし。是、学問の要とする所、本を務むるなり。其目的は、君子とならんことを期するを以て志とすべし。然らずして、才学のみに心を用ひ、是を以て、みづから誇り、人を侮る故、書を読まざる時より、心ざま、かへつて悪しくなりもて行けり。是、君子となることを好まずして、小人となることを学ぶなり。書を読むによつて、かへつて小人となるは口をし。もし如斯ならば、学問すれば人品悪しくなると、俗人のいへるも宜なり。かかる学問は、せざるに如かず。されども、それによつて学問せざるは、たとへば噎によつて食せざるが如し。食は日用の物なり。むせたるは、食する人の過なり。
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『大和俗訓』巻之二・為学下一楊子曰学者所以求為君子也。言ふ意は、学問をするは何の為ぞや。君子とならんが為なり。君子とは有徳人を云ふ。君子の字義は、易の正義に、人の君となりて万民を子のごとくする徳ある人をいへり。賤くして下にありても、其徳あれば君子と称す君子となるとは人となるなり。学ばざる人は云ふにたらず。学んでも君子とならずんば、学ばざるに同じくして、人と生れたるかひなし。君子となる事容易からず。しかれども、志を立ておこたらずんば、必其功あるべし。古語にも、志あるものは其事つひに成るといへり。学は終身のことなり。一息もいまだ残れる内は、此志怠るべからず。是人の一生の間のつとめなり。
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『益軒家訓』聖学須勤凡人たるものは、聖人の教を貴び受け、強く志を立て、人の道を学び知り、勤め行ひて君子とならん事を思ひ、常に心にかけて怠るべからず。これ聖学に志すの道なり。其学問の法は、書を読み古を考へ、人に問ひ己におもひ、人の諫いましめを聴用ひ、常に我が身を顧て、我が愚なる事を知り、わが不善なる事を知り、わが過を改めて善にうつるべし。君子の過ちや日月の食の如し、過つや人皆之を見、更むるや人皆之を仰ぐ。また小人の過つや、かならず文る。過をはぢて蔽ひかくすは小人の心なり、甚卑し。古語に聖人に非ずんば誰か能く過ち無からん、過ちて能く改むる、善焉より大なるは莫しといへり。仮にも我を智ありとし、善也と思ふべからず。わが身のちからをたのみて、人を愚なりとし、侮るべからず。諫を拒ぎ、我を是とすべからず。
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『初学訓』巻之三一人となりては、稚き時より、其父兄となる人は、其子弟に、書を読ませ、道を学ばしむべし。学問の道は他なし、只道を知りて、善悪を明らかにわかち、善を行ひ悪を去るにあり。故に、君子の学問は、仁心を保ち、つねに善を行ふを宗とす。善を行はざれば、博学にして経伝に明らかなるも、無用のことなり。大人は、善を行へば、其ほどこしひろし。然れども、極めて賤しき乞丐といへども、善を行ふに志あれば、其分に随ひて、其功多し。故に、学問する人は、只つねに善をするに志ありて、日々、善を行ふをつとめとすべし。
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