大和俗訓 / 巻之四・心術下
一およそ世間の、はからざる不意の災出來るとも、是古今の人間にあるならひぞと思ひて、心をくるしめ憂ふべからず。兼好が歌に、ならひぞと思ひなしてやなぐさまむ、わが身ひとつのうき世ならねば。一人の我に對して無禮橫逆あり、又事不順ありて、わが心にかなはざる事あらば、是すなはち善心をおこし、私欲をこらふる學問のつとめ、德をすゝむ所なりと思ひ、人の不順なるを堪忍し、わが身をかへりみ、心をせめおさへて、怒をこらし、欲をふさぎ、善にうつり、過を改むべし。かやうのわが心術をつとむべき折節を、あだに思ひて、いたづらに過すべからず。かく心にかなはざる所を、よくこらへ勤めてこそ、わが心の德も、學問も、すゝむべき理なり。かゝる事にあはざれば、心ををさめ、欲をしのぶ工夫すゝまず。
新字:一およそ世間の、はからざる不意の災出来るとも、是古今の人間にあるならひぞと思ひて、心をくるしめ憂ふべからず。兼好が歌に、ならひぞと思ひなしてやなぐさまむ、わが身ひとつのうき世ならねば。一人の我に対して無礼横逆あり、又事不順ありて、わが心にかなはざる事あらば、是すなはち善心をおこし、私欲をこらふる学問のつとめ、徳をすゝむ所なりと思ひ、人の不順なるを堪忍し、わが身をかへりみ、心をせめおさへて、怒をこらし、欲をふさぎ、善にうつり、過を改むべし。かやうのわが心術をつとむべき折節を、あだに思ひて、いたづらに過すべからず。かく心にかなはざる所を、よくこらへ勤めてこそ、わが心の徳も、学問も、すゝむべき理なり。かゝる事にあはざれば、心ををさめ、欲をしのぶ工夫すゝまず。
書き下し
一およそ世間の、はからざる不意の災出来るとも、是古今の人間にあるならひぞと思ひて、心をくるしめ憂ふべからず。兼好が歌に、ならひぞと思ひなしてやなぐさまむ、わが身ひとつのうき世ならねば。一人の我に対して無礼横逆あり、又事不順ありて、わが心にかなはざる事あらば、是すなはち善心をおこし、私欲をこらふる学問のつとめ、徳をすすむ所なりと思ひ、人の不順なるを堪忍し、わが身をかへりみ、心をせめおさへて、怒をこらし、欲をふさぎ、善にうつり、過を改むべし。かやうのわが心術をつとむべき折節を、あだに思ひて、いたづらに過すべからず。かく心にかなはざる所を、よくこらへ勤めてこそ、わが心の徳も、学問も、すすむべき理なり。かかる事にあはざれば、心ををさめ、欲をしのぶ工夫すすまず。
現代語訳
およそ世間の思いがけない不意の災いが起きても、これは昔から今まで人間にあるならいだと思って、心を苦しめ憂えてはいけません。兼好の歌に「ならひぞと思ひなしてやなぐさまむ、わが身ひとつのうき世ならねば」(これが世のならいだと思ってなぐさめよう、自分ひとりだけのつらい世ではないのだから)とあります。人が自分に無礼や理不尽をはたらき、またものごとが思いどおりにならず、自分の心にかなわないことがあれば、これこそ善い心をおこし、私欲をこらえる学問のつとめであり、徳を進める場だと思い、人の従わないことを堪忍し、自分の身をかえりみ、心を責めおさえて、怒りをこらえ、欲をふさぎ、善に移り、過ちを改めなさい。このような自分の心術をつとめるべき折を、むだなものと思って、いたずらに過ごしてはいけません。このように心にかなわないことをよくこらえ努めてこそ、自分の心の徳も学問も進むのです。こうしたことにあわなければ、心を治め、欲をしのぶ工夫は進みません。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『慎思録』巻之四衆人の人為る、草木禽獣の物為ると、其の生けるときは則ち異なりて、其の死するときは則ち同じ。何となれば則ち、衆人は下愚なりと雖も、其の生ける時は亦た皆五品の交はり、四民の業有り。且つ衣食の養、屋室の安有り。誠に禽獣と同じからず。其の既に死するに迨んでは、一たび腐壊に帰し、徳行の人に遺す無く、令名の世に伝はる無く、一時に漸く尽きて余り無し。草木禽獣と異なること無し。人為る者、豈に之を恥づることを知らざるべけんや。如し之を恥ぢば、学を為すに如くは無し。学びて得る有れば、則ち徳沢功名後世に流れて滅びず、虚生せずと為す。此れ君子の没後、衆人及び禽獣草木に異なる所以なり。
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『都鄙問答』卷之四・學者ノ行狀心得難キヲ問ノ段或ひと問ひて曰く、或所に幼年より学問し、四書五経は云ふに及ばず、何にても書物暗ずる程の徳有る人あり。然れども心得がたきこと多し。一事を挙げて云はゞ、金銀借用等に、不埒なること多し。夫ともに、手前にも倹約を守らるゝ上にて、是非なく不足あらば、他の了簡も有るべけれど、手前は取りじめなく、他人に不埒をなし、且つ親への事も、何とやら悪鋪ところ有りて、親の心に合はざれば、先づは不孝と云ふべきか。扠身の行作を見れば、物知り顔に我をたかぶり、弁舌は鮮なれども、聞きなれぬ挨拶にて、兎角耳に入りにくし。なにとやら寄りそひがたき風俗有りて、十人が九人までは嫌ふなり。是を以て見れば、親の気に入らぬも、尤なりと云ふ者多し。博学の徳有りて、加様なる身持あるは、如何なることぞ。
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『囲炉夜話』第百十六則・世人の取るべき者の多きを見れば德日に進む能く往日行ふ所の非を知れば、則ち學日に進む。 世人の取るべき者の多きを見れば、則ち德日に進む。
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『都鄙問答』卷之四・學者ノ行狀心得難キヲ問ノ段答ふ、汝は徳と云ふことを、曾て知らずと見へたり。加様なる疑はしきことを、問ひ定めらるゝは、左もあるべきことなり。其学者は、徳に至るの学問にはあらず、文字芸者と云ふ者なり。曰く、然らば書物を読む外に、学問と云ふことありや。
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『論語と算盤』成敗と運命・順逆の二境は何れより来るか韓退之がその子を励ました「符読書城南」の詩中に、「木の規矩に就くは、梓匠輪輿に在り。人の能く人たるは、腹に詩書有るに由る。詩書は勤むれば乃ち有り、勤めざれば腹空虚なり。学の力を知らんと欲すれば、賢愚初めを同じうす。その学ぶ能わざるに由りて、入る所遂に閭を異にす。両家各々子を生む、提孩巧みに相如く。少しく長じて聚まりて嬉戯す、同隊の魚に殊ならず。年十二三に至りて、頭角やや相疎なり。二十にして漸く乖張し、清溝汙渠に映ず。三十にして骨骼成り、乃ち一は竜一は豬。飛黄騰踏して去り、蟾蜍を顧みる能わず。一は馬前の卒と為り、背を鞭うたれて虫蛆を生ず。一は公と相と為り、譚々たる府中の君。これを問う何に因りて爾るや、学ぶと学ばざるとか」云々という句があるが、これは主として学問を勉強することについて言うたものであるとは言え、またもって順逆二境のよって岐るるを知るに足るであろう。要するに悪者は教うるとも仕方なく、善者は教えずとも自ら仕方を知っていて、自然とその運命を造り出すものである。ゆえに厳正の意味より論ずれば、この世の中には順境も逆境もないということになる。
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『酔古堂剣掃』集法・男子は德有れば便ち是れ才師に從ふに名士を延くも、教へを垂るるの實益鮮なし。徒と為りて高第に攀づるも、誨へを受くるの真心少なし。男子は德有れば便ち是れ才、女子は才無ければ便ち是れ德。
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