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大和俗訓 / 巻之四・心術下

是心の官をうしなひて、よく思はざるによれり。人欲とは他にあらず、五官のしわざにまかせて我儘なるを云ふ。目に非禮をみて色にそみ、耳に非禮をきゝて淫聲にまよひ、口に非禮をいひ、飮食をほしいまゝにむさぼり、鼻は香をめで、形はおこたり、或はなすまじきわざをなすは、皆是人欲なり。又天理と云ふも他にあらず、五官のなすことよきほどの道理にあたるを云ふ。心は天君なれば、耳目口鼻形の五官をつかふは、君として臣をつかふが如く順なり。もし心の役を失ひ、思案なくして、五官にまかせしたがへば、かへりて形より心をつかふ。たとへば君として臣につかはるゝが如し。是逆なり。

新字:是心の官をうしなひて、よく思はざるによれり。人欲とは他にあらず、五官のしわざにまかせて我儘なるを云ふ。目に非礼をみて色にそみ、耳に非礼をきゝて淫声にまよひ、口に非礼をいひ、飲食をほしいまゝにむさぼり、鼻は香をめで、形はおこたり、或はなすまじきわざをなすは、皆是人欲なり。又天理と云ふも他にあらず、五官のなすことよきほどの道理にあたるを云ふ。心は天君なれば、耳目口鼻形の五官をつかふは、君として臣をつかふが如く順なり。もし心の役を失ひ、思案なくして、五官にまかせしたがへば、かへりて形より心をつかふ。たとへば君として臣につかはるゝが如し。是逆なり。

書き下し

是心の官をうしなひて、よく思はざるによれり。人欲とは他にあらず、五官のしわざにまかせて我儘なるを云ふ。目に非礼をみて色にそみ、耳に非礼をききて淫声にまよひ、口に非礼をいひ、飲食をほしいままにむさぼり、鼻は香をめで、形はおこたり、或はなすまじきわざをなすは、皆是人欲なり。又天理と云ふも他にあらず、五官のなすことよきほどの道理にあたるを云ふ。心は天君なれば、耳目口鼻形の五官をつかふは、君として臣をつかふが如く順なり。もし心の役を失ひ、思案なくして、五官にまかせしたがへば、かへりて形より心をつかふ。たとへば君として臣につかはるるが如し。是逆なり。

現代語訳

これは心という官がその役目を失い、よく思わないことによります。人欲とはほかでもなく、五官のはたらきにまかせてわがままをすることをいいます。目で礼にはずれたものを見て色欲に染まり、耳で礼にはずれたことを聞いてみだらな音楽に迷い、口で礼にはずれたことを言い、飲食をほしいままにむさぼり、鼻は香りを好み、からだは怠け、あるいはしてはならないことをするのは、みなこれ人欲です。また天理というのもほかでもなく、五官のなすことがちょうどよい道理にかなうことをいいます。心は天君なので、耳目口鼻形の五官を使うのは、君主として臣下を使うようなもので、順当です。もし心がその役を失い、思案せずに五官にまかせて従えば、かえってからだのほうが心を使うことになります。たとえば君主が臣下に使われるようなものです。これは逆です。

解説

前の段を受けて、人欲と天理を五官のはたらきで具体的に定義しています。人欲とは特別な悪ではなく、見たい・聞きたい・食べたいという感覚にまかせたわがままのことで、天理とは同じはたらきが「ちょうどよい」ところに収まることだというのです。君主が臣下に使われる逆さまの状態というたとえは分かりやすく、忙しさや誘惑に振り回されて自分の予定を決められない状態を思い起こさせます。主導権を心の側に取り戻すことが修養の出発点だと分かります。

この章句が説くこと

人欲天理心五官礼

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