大和俗訓 / 巻之三・心術上
一ちかき頃の俗語に、用心は臆病にせよといふ事、まことに道理によくかなへり。是ほどの小事は、何のうれひかあらんと思ひて、けなげにして懼れざるは、過のはじめわざはひの本なり。莫大の過わざはひは、必しばしの間少なることをおそれずして、つゝしまざるより起るゆゑ、小事をおそれつゝしみて、けなげならざるが、わざはひなき道なり。武王の銘に、勿言何害、其禍將至とのたまひしも此意なり。
新字:一ちかき頃の俗語に、用心は臆病にせよといふ事、まことに道理によくかなへり。是ほどの小事は、何のうれひかあらんと思ひて、けなげにして懼れざるは、過のはじめわざはひの本なり。莫大の過わざはひは、必しばしの間少なることをおそれずして、つゝしまざるより起るゆゑ、小事をおそれつゝしみて、けなげならざるが、わざはひなき道なり。武王の銘に、勿言何害、其禍将至とのたまひしも此意なり。
書き下し
一ちかき頃の俗語に、用心は臆病にせよといふ事、まことに道理によくかなへり。是ほどの小事は、何のうれひかあらんと思ひて、けなげにして懼れざるは、過のはじめわざはひの本なり。莫大の過わざはひは、必しばしの間少なることをおそれずして、つつしまざるより起るゆゑ、小事をおそれつつしみて、けなげならざるが、わざはひなき道なり。武王の銘に、何の害かあらんと言ふ勿れ、其の禍将に至らんとすとのたまひしも此意なり。
現代語訳
近ごろの俗なことわざに「用心は臆病にせよ」ということがありますが、まことに道理によくかなっています。これくらいの小さな事は何の心配があろうかと思って、勇ましがって恐れないのは、過ちの始まりであり、災いのもとです。莫大な過ちや災いは、必ずしばらくの間の小さなことを恐れずに、つつしまないことから起こるので、小さな事を恐れつつしんで、勇ましがらないのが、災いのない道です。武王の銘に「何の害があろうかと言ってはいけない。その禍はまさに来ようとしている」とおっしゃったのも、この意味です。
解説
この章句が説くこと
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