大和俗訓 / 巻之三・心術上
一世に交るに、言すくなく、わざをよく勤め、へりくだりて我が才にほこらず、人を敬ひてあなどらず、人をそしらず、人情を知りて人をうらみとがめず、世變を知りて時宜に應じ、信義をかたく守りて約を變ぜず、身をいさぎよくして財利のけがれなし。かくの如くなれば、過すくなくして、いづくにても人の惡みそしるべきやうなし。詩に曰、かしこにあつても惡まるゝ事なく、こゝにあつても厭はるゝ事なしとは、是を云ふなり。厭ふは厭なり。
新字:一世に交るに、言すくなく、わざをよく勤め、へりくだりて我が才にほこらず、人を敬ひてあなどらず、人をそしらず、人情を知りて人をうらみとがめず、世変を知りて時宜に応じ、信義をかたく守りて約を変ぜず、身をいさぎよくして財利のけがれなし。かくの如くなれば、過すくなくして、いづくにても人の悪みそしるべきやうなし。詩に曰、かしこにあつても悪まるゝ事なく、こゝにあつても厭はるゝ事なしとは、是を云ふなり。厭ふは厭なり。
書き下し
一世に交るに、言すくなく、わざをよく勤め、へりくだりて我が才にほこらず、人を敬ひてあなどらず、人をそしらず、人情を知りて人をうらみとがめず、世変を知りて時宜に応じ、信義をかたく守りて約を変ぜず、身をいさぎよくして財利のけがれなし。かくの如くなれば、過すくなくして、いづくにても人の悪みそしるべきやうなし。詩に曰、かしこにあつても悪まるる事なく、ここにあつても厭はるる事なしとは、是を云ふなり。厭ふは厭なり。
現代語訳
世間と交わるには、言葉少なく、仕事をよく務め、へりくだって自分の才を誇らず、人を敬って侮らず、人をそしらず、人情を知って人を恨みとがめず、世の移り変わりを知って時宜に応じ、信義を固く守って約束を変えず、身を清くして財利の汚れがないようにします。このようであれば、過ちが少なくて、どこでも人が憎んだりそしったりするはずがありません。『詩経』に「あちらにいても憎まれることがなく、こちらにいても嫌われることがない」とあるのは、これをいうのです。「厭ふ」とは嫌うことです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『文武訓』文訓上之末一人は只、わが身をかへりみて、わが身のさかしおろかなると、才あるとつたなきとのほどを知りて、つねに人にへりくだり、わが身にほこるべからず。才智ありてもなくしても、わが身にほこりたかぶり、人をこのんで見くだし、又そしるは罪ふかし。いとおろかなりといふべし。
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『文武訓』文訓下一すこし才ありと見えて、物書き芸ある人も、其心平実にして、わが才をかくしてほこらざる人は、おくゆかしくうるはしと見ゆ。多才なる人も、わが才をほかにかがやかして誇る人は、多くは人をそしる。おのれにほこり人をそしるは、其不徳なるくせのほどあらはれてあさまし。かからざりせばよからましと思ひて、あたら才学あるも、玉の盃の底なきが如く思ひくだされて、其きずうらめし。
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史記 魏公子列伝魏に隠士有り、侯嬴と曰ふ、年七十、家貧しく、大梁の夷門の監者為り。公子これを聞き、往きて請ひ、厚くこれに遺らんと欲す。受くるを肯んぜずして曰く、「臣、身を脩め行ひを絜くすること数十年、終に監門の困しみの故を以て公子の財を受けず」と。公子是に於いて乃ち酒を置きて大いに賓客を会す。坐定まり、公子車騎を従へ、左を虚しくして、自ら夷門の侯生を迎ふ。侯生、敝れたる衣冠を摂め、直ちに上りて公子の上坐に載り、譲らず、以て公子を観んと欲す。公子轡を執ること愈々恭し。侯生また公子に謂ひて曰く、「臣に客の市の屠中に在る有り、願はくは車騎を枉げてこれに過れ」と。公子車を引きて市に入る。侯生下りてその客朱亥に見え、俾倪して故らに久しく立ち、その客と語り、微かに公子を察す。公子の顔色愈々和らぐ。是の時に当たり、魏の将相・宗室・賓客堂に満ち、公子の酒を挙ぐるを待つ。市人皆公子の轡を執るを観る。従騎皆竊かに侯生を罵る。侯生、公子の色の終に変ぜざるを視て、乃ち客に謝して車に就く。家に至り、公子、侯生を引きて上坐に坐せしめ、遍く賓客に賛す、賓客皆驚く。酒酣にして、公子起ち、寿を侯生の前に為す。侯生因りて公子に謂ひて曰く、「今日、嬴の公子の為にするもまた足れり。嬴は乃ち夷門の抱関者なり、而るに公子親ら車騎を枉げ、自ら嬴を衆人広坐の中に迎ふ、宜しく過る所有るべからざるに、今公子故らにこれに過る。然れども嬴は公子の名を就さんと欲す、故に久しく公子の車騎を市中に立たしめ、客に過りて以て公子を観る、公子愈々恭し。市人皆嬴を以て小人と為し、而して公子を以て長者にして能く士に下ると為すなり」と。是に於いて酒を罷め、侯生遂に上客と為る。
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『大和俗訓』巻之八・応接一我が身を卑下して、人にたかぶらざるは、誠によし。されどあまり卑屈にして、へりくだり過し、つくべき座敷などにも、たやすくつかず、道行くにも、我が先へ行くべき位なれど、辞して行かず、我が前にめぐり来れる盃をも飲まずして、人の言を多くつひやさしむるも、かへりて無礼なり。ただわが当然なるべき程をほ、あながちに強く辞退すべからず。位ある人、老いたる人、下座にありては、賤しく若き人の居るべき座なくして、各其処を得ざることあり。しかれば卑下するにも、過不及なかるべし。
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『慎思録』巻之五卑幼の輩、居れば則ち長者の位を避け、行けば則ち随ひ行き、言語応対は、則ち恂恂として謙遜す。是れ礼の当に然るべき所なり。後世の卑幼は此の礼に循はず。往往長者の位に居り、先生と並び行き、言語応対は、則ち尊長と抗敵す。唯速やかに成人の列に進まんことを欲し、等を躐え節を凌ぐ。分に安んぜざるの甚だしきなり。是を以て驕惰の心を養成して、教ふべからざるに至る。歎ずべきかな。
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論語・郷党篇孔子、郷党に於いて、恂恂如たり、言うこと能わざる者に似たり。其の宗廟朝廷に在るや、便便として言い、唯だ謹めるのみ。
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