論語 / 郷党篇
孔子於鄉黨,恂恂如也,似不能言者。其在宗廟朝廷,便便言,唯謹爾。
新字:孔子於鄉党,恂恂如也,似不能言者。其在宗廟朝廷,便便言,唯謹爾。
書き下し
孔子、郷党に於いて、恂恂如たり、言うこと能わざる者に似たり。其の宗廟朝廷に在るや、便便として言い、唯だ謹めるのみ。
現代語訳
孔子は郷里の村里にあっては、まことに素朴で、口もきけない人のようであった。しかし宗廟や朝廷におられるときには、はっきりと弁じられ、ただ言葉づかいだけは慎重であった。
解説
同じ人が、場所によって振る舞いを変えている。郷里では口下手に見えるほど控えめで、公の場では明確に発言する。使い分けているのだが、迎合ではない。郷里は年長者や縁者が秩序を保つ場所であり、そこで持論を述べれば場を乱す。宗廟や朝廷は議論して決める場所であり、そこで黙るのは職務怠慢である。場の性質に応じて、自分の話す量を変えているだけだ。この切り替えができない人は多い。どこでも同じように話す人は、公の場では頼もしいが、私の場では疎まれる。逆に常に控えめな人は、決める場面で役に立たない。話す量は性格ではなく、その場が自分に何を求めているかで決まる。ただし孔子は、どちらの場面でも言葉を慎んだ。切り替えたのは量であって、態度ではない。
この章句が説くこと
場面恂恂如也礼謙虚発言使い分け
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