慎思録 / 巻之五
卑幼輩。居則避長者之位。行則隨行。言語應對。則恂恂謙遜。是禮之所當然也。後世卑幼不循此禮。往往居長者之位。與先生竝行。言語應對。則與尊長抗敵。唯欲速進成人之列。躐等凌節。不安分之甚也。是以養成驕惰之心。而至不可敎。可歎哉。
新字:卑幼輩。居則避長者之位。行則随行。言語応対。則恂恂謙遜。是礼之所当然也。後世卑幼不循此礼。往往居長者之位。与先生並行。言語応対。則与尊長抗敵。唯欲速進成人之列。躐等凌節。不安分之甚也。是以養成驕惰之心。而至不可教。可嘆哉。
書き下し
卑幼の輩、居れば則ち長者の位を避け、行けば則ち随ひ行き、言語応対は、則ち恂恂として謙遜す。是れ礼の当に然るべき所なり。後世の卑幼は此の礼に循はず。往往長者の位に居り、先生と並び行き、言語応対は、則ち尊長と抗敵す。唯速やかに成人の列に進まんことを欲し、等を躐え節を凌ぐ。分に安んぜざるの甚だしきなり。是を以て驕惰の心を養成して、教ふべからざるに至る。歎ずべきかな。
現代語訳
年少の者は、座るときは年長者の席を避け、歩くときは後について行き、言葉の受け答えはつつしみ深くへりくだります。これが礼として当然のことです。後の世の年少者はこの礼に従いません。しばしば年長者の席に座り、先生と並んで歩き、受け答えでは目上の人と張り合います。ただ早く大人の仲間入りをしようとして、順序を飛び越え節度を越えます。自分の分に安んじないことのはなはだしいものです。こうして驕りと怠けの心を育て、教えることもできなくなってしまいます。嘆かわしいことです。
解説
「先生と並び行く」ことを戒めるのは『論語』憲問篇で、孔子が闕党の童子について「先生と並び行くを見る。益を求むる者に非ず、速やかに成らんと欲する者なり」と評した話を踏まえています。益軒は、背伸びして早く一人前に扱われたがる若者が、かえって驕りを育てて学べなくなることを嘆きます。形式的な上下関係の強調に見えますが、要は学ぶ者の謙虚さです。新しい職場や分野に入ったとき、急いで対等を求めるより、まず教わる側に身を置く人のほうが結局は早く伸びます。
この章句が説くこと
礼謙虚長幼分驕り
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