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大和俗訓 / 巻之三・心術上

一七情は、皆是人情なれば、なくてかなはず、過不及なく、よき程なるは中なり。過ぎたるは尤害多し。不及も亦理に合はず。人をあはれむは誠に善なり。されど我が心にあへりとて、妻子從妾などをひたすらに愛し過し、あくまで恩をほどこすは、道より出でたる愛にあらず。是私の心の甚しきなり。愛におぼれては、其人の惡しきを知らず、愛すぐれば其人必おごりて道にそむく故、かへつて其人のわざはひとなり、又わが禍となる。怒るべきを怒るは、人の不善をいましむるの道なり。怒るまじきに怒り、或は怒るべき事にも、いかり過ぎては、人をそこなひ、我が心をそこなふ。にくむ事過ぎぬれば、其人の善あるを知らずして用ひず、小のあやまりを大に言ひなして、責めはたれば、其人うらみそむく。

新字:一七情は、皆是人情なれば、なくてかなはず、過不及なく、よき程なるは中なり。過ぎたるは尤害多し。不及も亦理に合はず。人をあはれむは誠に善なり。されど我が心にあへりとて、妻子従妾などをひたすらに愛し過し、あくまで恩をほどこすは、道より出でたる愛にあらず。是私の心の甚しきなり。愛におぼれては、其人の悪しきを知らず、愛すぐれば其人必おごりて道にそむく故、かへつて其人のわざはひとなり、又わが禍となる。怒るべきを怒るは、人の不善をいましむるの道なり。怒るまじきに怒り、或は怒るべき事にも、いかり過ぎては、人をそこなひ、我が心をそこなふ。にくむ事過ぎぬれば、其人の善あるを知らずして用ひず、小のあやまりを大に言ひなして、責めはたれば、其人うらみそむく。

書き下し

一七情は、皆是人情なれば、なくてかなはず、過不及なく、よき程なるは中なり。過ぎたるは尤害多し。不及も亦理に合はず。人をあはれむは誠に善なり。されど我が心にあへりとて、妻子従妾などをひたすらに愛し過し、あくまで恩をほどこすは、道より出でたる愛にあらず。是私の心の甚しきなり。愛におぼれては、其人の悪しきを知らず、愛すぐれば其人必おごりて道にそむく故、かへつて其人のわざはひとなり、又わが禍となる。怒るべきを怒るは、人の不善をいましむるの道なり。怒るまじきに怒り、或は怒るべき事にも、いかり過ぎては、人をそこなひ、我が心をそこなふ。にくむ事過ぎぬれば、其人の善あるを知らずして用ひず、小のあやまりを大に言ひなして、責めはたれば、其人うらみそむく。

現代語訳

七情は、みな人の情ですから、なくてはなりません。過不足なく、程よいのが中です。過ぎたものは最も害が多いのです。足りないのもまた道理に合いません。人をあわれむのはまことに善いことです。けれども、自分の心に合うからといって、妻子や使用人、妾などをひたすら愛しすぎ、どこまでも恩を施すのは、道から出た愛ではありません。これは私の心のはなはだしいものです。愛に溺れては、その人の悪いところが分からず、愛しすぎればその人は必ず奢って道に背くので、かえってその人の災いとなり、また自分の禍ともなります。怒るべきことを怒るのは、人の不善を戒める道です。怒るべきでないのに怒り、あるいは怒るべき事でも怒りすぎては、人を損ない、自分の心を損ないます。憎むことが過ぎれば、その人の善いところが分からずに用いず、小さな過ちを大げさに言い立てて責め立てるので、その人は恨んで背きます。

解説

七情はなくてはならないが、過ぎても足りなくても道理に合わないと説く段です。益軒はまず「過ぎたる」害を具体的に挙げます。家族や身近な者を愛しすぎればその人の欠点が見えず、甘やかされた人は奢って道に背くので、かえってその人の災いになります。怒りも憎しみも度が過ぎれば、相手の善い面が見えなくなり、小さな過ちを大きく責めて恨みを買います。子どもを甘やかしすぎることや、部下の小さなミスを責め立てることへの戒めとして、今もそのまま当てはまる内容です。

この章句が説くこと

七情中愛怒り子育て

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