論語 / 憲問篇
子曰:「愛之,能勿勞乎?忠焉,能勿誨乎?」
新字:子曰:「愛之,能勿労乎?忠焉,能勿誨乎?」
書き下し
子曰く、之を愛して、能く労すること勿からんや。焉に忠にして、能く誨うること勿からんや。
現代語訳
先生がおっしゃった。「本当に愛しているなら、苦労をさせずにいられようか。本当に真心を尽くすなら、教え諭さずにいられようか。」
解説
愛情の表現として、楽をさせることではなく苦労をさせることを挙げている。反直感的だが、育てるという観点からは筋が通る。負荷をかけなければ力はつかない。同じように、真心を尽くすとは、耳の痛いことを言わずに済ませないということだ。二つとも、相手にとって快くない働きかけである。ここには、優しさの定義をめぐる根本的な問いがある。相手を傷つけない、負担をかけない、波風を立てない。これらは思いやりに見えるが、相手の成長を止める。孔子は、その状態を愛とも忠とも呼ばなかった。上に立つ人ほど、この選択を迫られる。嫌われずにいることと、その人を伸ばすことは、しばしば両立しない。労させ、誨えるほうを選べるかどうかが、関係の質を決める。
この章句が説くこと
愛苦労教え育成優しさ
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