墨子 / 大取
一曰乃是而然,二曰乃是而不然,三曰遷,四曰强。子:深其深,淺其淺,益其益,尊其尊。察次山比因,至優指。復次察聲端名,因請復。正夫辭惡者,人右以其請得焉。諸所遭執而欲惡生者,人不必以其請得焉。聖人之拊也。仁而無利愛,利愛生於慮。昔者之慮也,非今日之慮也;昔者之愛人也,非今之愛人也。愛獲之愛人也,生於慮獲之利,非慮臧之利也。而愛臧之愛人也,乃愛獲之愛人也。
新字:一曰乃是而然,二曰乃是而不然,三曰遷,四曰强。子:深其深,浅其浅,益其益,尊其尊。察次山比因,至優指。復次察声端名,因請復。正夫辞悪者,人右以其請得焉。諸所遭執而欲悪生者,人不必以其請得焉。聖人之拊也。仁而無利愛,利愛生於慮。昔者之慮也,非今日之慮也;昔者之愛人也,非今之愛人也。愛獲之愛人也,生於慮獲之利,非慮臧之利也。而愛臧之愛人也,乃愛獲之愛人也。
書き下し
一に曰く乃ち是にして然り、二に曰く乃ち是にして然らず、三に曰く遷、四に曰く强。子。其の深きを深くし、其の淺きを淺くし、其の益を益し、其の尊きを尊ぶ。次を察し、山のごとく比し因り、優指に至る。復た次いで聲端の名を察し、請に因りて復す。夫の辭の惡しき者を正すは、人、右に其の請を以て焉を得。諸そ遭い執る所にして欲惡生ずる者は、人、必ずしも其の請を以て焉を得ず。聖人の拊なり。仁にして利愛無し、利愛は慮に生ず。昔者の慮は、今日の慮に非ず。昔者の人を愛するは、今の人を愛するに非ず。獲を愛するの人を愛するは、獲を利するを慮るに生じ、臧を利するを慮るに非ざるなり。而して臧を愛するの人を愛するは、乃ち獲を愛するの人を愛するなり。
現代語訳
一にはそれであってそうである、二にはそれであってそうでない、三には移る、四には強いる。子について。深いところは深くし、浅いところは浅くし、益すべきは益し、尊ぶべきは尊ぶ。順序を調べ、山のように並べて拠り、優れた指し示しに至る。さらに順に声と端の名を調べ、実情によって返す。悪い言葉を正すのは、人が実情によってそれを得るからである。出会って握ったものによって好悪が生じる場合は、人は必ずしも実情によってそれを得るわけではない。聖人の手当てである。仁であっても利と愛がないことがあり、利と愛は思案から生まれる。昔の思案は今日の思案ではない。昔の人を愛したことは、いま人を愛することではない。獲を愛して人を愛するのは、獲を利しようと思案することから生まれるのであって、臧を利しようと思案することではない。しかし臧を愛して人を愛するのは、そのまま獲を愛して人を愛することである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『墨子』節用中子墨子言いて曰く、古者、明王聖人の天下に王たり諸侯を正しくせし所以の者は、彼れ其れ民を愛すること謹みて忠、民を利すること謹みて厚く、忠信、相い連なり、又た之に示すに利を以てす。是を以て身を終うるまで饜かず、殁して二十にして卷まず。古者、明王聖人の其の天下に王たり諸侯を正しくせし所以の者は、此れなり。
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『墨子』尚同下是の故に子墨子曰く、「凡そ民をして尚同せしむる者、民を愛すること疾からざれば、民、使う可き無し。曰く、必ず疾く愛して之を使い、信を致して之を持し、富貴以て其の前を道き、明罰以て其の後を率う。政を為すこと此くの若くんば、唯だ我と同じくする毋からんと欲するも、將に得可からざるなり」と。
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論語・憲問篇子曰く、之を愛して、能く労すること勿からんや。焉に忠にして、能く誨うること勿からんや。
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論語・里仁篇子曰わく、ただ仁者のみよく人を好み、よく人を悪む。
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『墨子』魯問公輸子、其の巧を善しとし、以て子墨子に語げて曰く、「我が舟戰は鉤强を以てす。知らず、子の義にも亦た鉤强有るか」と。子墨子曰く、「我が義の鉤强は、子の舟戰の鈎强より賢れり。我が鈎强は、我れ之を鈎するに愛を以てし、之を揣るに恭を以てす。鈎するに愛を以てせずんば則ち親しまず、揣るに恭を以てせずんば則ち速やかに狎る。狎れて親しまずんば、則ち速やかに離る。故に交ごも相い愛し、交ごも相い恭しきは、猶お相い利するがごときなり。今、子は鈎して人を止め、人も亦た鈎して子を止む。子は强にして人を距ぎ、人も亦た强にして子を距ぐ。交ごも相い鈎し、交ごも相い强うるは、猶お相い害するがごときなり。故に我が義の鈎强は、子の舟戰の鈎强より賢れり」と。
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牧民忠告・拜命赤子の生まるるや、知識有ること無し、然れども之を母たる者は常に意を先んじて其の欲する所を得。其の理他無し、誠然(せいぜん)たるのみ。誠は愛を生じ、愛は智を生ず。惟(こ)れ其れ誠なり、故に愛周(あまね)からざる無し。惟れ其れ愛なり、故に智及ばざる無し。吏の民に於けるや、是と奚(なん)ぞ異ならんや。誠に子民(しみん)の心有らば、則ち其の才智の及ばざるを患えず。