大和俗訓 / 巻之三・心術上
一方孝孺が、樂未旣、而憂繼之者、人之欲也といへる事、あに然らずや。酒食好色などをむさぼり樂みて、其樂いまだつきざるに、はや其わざはひ憂忽出來て、酒色にやぶられ、色欲にそこなはる。皆是人欲よりおこる。欲をすくなくするの工夫は、欲をこらへて、好む所十分にいたるべからず、唯六七分、或は七八分に至らば、早くやむべし。十分にいたれば、必わざはひ出來て、後悔すれども益なし。古語に、酒は微醉に飮み、花は半開に見るといへるが如くなるべし。善誘文にも、一時我が心に快きこと過れば、必身にわざはひとなるといへり。
新字:一方孝孺が、楽未既、而憂継之者、人之欲也といへる事、あに然らずや。酒食好色などをむさぼり楽みて、其楽いまだつきざるに、はや其わざはひ憂忽出来て、酒色にやぶられ、色欲にそこなはる。皆是人欲よりおこる。欲をすくなくするの工夫は、欲をこらへて、好む所十分にいたるべからず、唯六七分、或は七八分に至らば、早くやむべし。十分にいたれば、必わざはひ出来て、後悔すれども益なし。古語に、酒は微酔に飲み、花は半開に見るといへるが如くなるべし。善誘文にも、一時我が心に快きこと過れば、必身にわざはひとなるといへり。
書き下し
一方孝孺が、楽しみ未だ既きずして、憂ひ之に継ぐ者は、人の欲なりといへる事、あに然らずや。酒食好色などをむさぼり楽みて、其楽いまだつきざるに、はや其わざはひ憂忽出来て、酒色にやぶられ、色欲にそこなはる。皆是人欲よりおこる。欲をすくなくするの工夫は、欲をこらへて、好む所十分にいたるべからず、唯六七分、或は七八分に至らば、早くやむべし。十分にいたれば、必わざはひ出来て、後悔すれども益なし。古語に、酒は微酔に飲み、花は半開に見るといへるが如くなるべし。善誘文にも、一時我が心に快きこと過れば、必身にわざはひとなるといへり。
現代語訳
方孝孺が「楽しみがまだ尽きないうちに、憂いがそれに続くもの、それが人の欲である」と言ったことは、まことにその通りではないでしょうか。酒食や好色などをむさぼり楽しんで、その楽しみがまだ尽きないうちに、はやくもその災いや憂いがたちまち出てきて、酒色に破られ、色欲に損なわれます。これはみな人欲から起こります。欲を少なくする工夫は、欲をこらえて、好むところを十分にまで至らせず、ただ六、七分、あるいは七、八分に至ったら、早くやめることです。十分に至れば、必ず災いが出てきて、後悔しても益がありません。古語に「酒はほろ酔いに飲み、花は半開きを見る」とあるようにすべきです。『善誘文』にも「一時、自分の心に快いことが過ぎれば、必ず身の災いとなる」とあります。
解説
この章句が説くこと
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