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大和俗訓 / 巻之三・心術上

一仁者は人を愛す。人我のへだてなし。人を愛せずして、ひとへに我を愛するは、人我のへだてなり。是私なり。仁者は私なし。我を愛する心を以て人を愛し、わが嫌ふ事は人にほどこさず、我が身を立てんとして、又人を立つ。かくの如く人我を忘れてわかたざるを、公と云ふ。公とは私なきなり。仁者の心、つとめずして自らかくの如し。學者はいまだ仁にいたらず、つとめて仁を行ふべし。我が心を以て人の心をおしはかるに、人の心も亦我が心にかはらず。我が好むことは人も好み、わが嫌ふことは人もきらふ。こゝを以て、仁を人に施し行はんとせば、まづ我が心を以て人の心をおしはかり、我が好む事は人にほどこし與へ、我がきらふ事は人に施さず。かくの如くすれば、人の心にかなはざる事なくして、人々各其所を得てやすんず。是仁の行はるゝなり。是を推己及人と云ふ。恕なり。恕は仁にいたらんとする人の行ふべき工夫なり。仁者はつとめずして、おのづから人を愛す。恕はつとめて仁を行ふ。是仁恕のわかちなり。恕の一字は人の身終る迄つとめて行ふべき道なりと、聖人のたまへり。

新字:一仁者は人を愛す。人我のへだてなし。人を愛せずして、ひとへに我を愛するは、人我のへだてなり。是私なり。仁者は私なし。我を愛する心を以て人を愛し、わが嫌ふ事は人にほどこさず、我が身を立てんとして、又人を立つ。かくの如く人我を忘れてわかたざるを、公と云ふ。公とは私なきなり。仁者の心、つとめずして自らかくの如し。学者はいまだ仁にいたらず、つとめて仁を行ふべし。我が心を以て人の心をおしはかるに、人の心も亦我が心にかはらず。我が好むことは人も好み、わが嫌ふことは人もきらふ。こゝを以て、仁を人に施し行はんとせば、まづ我が心を以て人の心をおしはかり、我が好む事は人にほどこし与へ、我がきらふ事は人に施さず。かくの如くすれば、人の心にかなはざる事なくして、人々各其所を得てやすんず。是仁の行はるゝなり。是を推己及人と云ふ。恕なり。恕は仁にいたらんとする人の行ふべき工夫なり。仁者はつとめずして、おのづから人を愛す。恕はつとめて仁を行ふ。是仁恕のわかちなり。恕の一字は人の身終る迄つとめて行ふべき道なりと、聖人のたまへり。

書き下し

一仁者は人を愛す。人我のへだてなし。人を愛せずして、ひとへに我を愛するは、人我のへだてなり。是私なり。仁者は私なし。我を愛する心を以て人を愛し、わが嫌ふ事は人にほどこさず、我が身を立てんとして、又人を立つ。かくの如く人我を忘れてわかたざるを、公と云ふ。公とは私なきなり。仁者の心、つとめずして自らかくの如し。学者はいまだ仁にいたらず、つとめて仁を行ふべし。我が心を以て人の心をおしはかるに、人の心も亦我が心にかはらず。我が好むことは人も好み、わが嫌ふことは人もきらふ。ここを以て、仁を人に施し行はんとせば、まづ我が心を以て人の心をおしはかり、我が好む事は人にほどこし与へ、我がきらふ事は人に施さず。かくの如くすれば、人の心にかなはざる事なくして、人々各其所を得てやすんず。是仁の行はるるなり。是を推己及人と云ふ。恕なり。恕は仁にいたらんとする人の行ふべき工夫なり。仁者はつとめずして、おのづから人を愛す。恕はつとめて仁を行ふ。是仁恕のわかちなり。恕の一字は人の身終る迄つとめて行ふべき道なりと、聖人のたまへり。

現代語訳

仁者は人を愛します。自分と他人の隔てがありません。人を愛さずに、ひたすら自分を愛するのは、自分と他人を隔てることです。これは私です。仁者には私がありません。自分を愛する心で人を愛し、自分の嫌うことは人にせず、自分が身を立てようとして、また人をも立たせます。このように自分と他人を忘れて分け隔てしないことを公といいます。公とは私がないことです。仁者の心は、努めなくても自然にこのようです。学ぶ者はまだ仁に至っていないので、努めて仁を行うべきです。自分の心で人の心を推し量ると、人の心もまた自分の心と変わりません。自分の好むことは人も好み、自分の嫌うことは人も嫌います。そこで、仁を人に施し行おうとするなら、まず自分の心で人の心を推し量り、自分の好むことは人に施し与え、自分の嫌うことは人にしないようにします。このようにすれば、人の心にかなわないことがなく、人々がそれぞれその所を得て安らぎます。これが仁が行われるということです。これを「己を推して人に及ぼす」といいます。恕です。恕は、仁に至ろうとする人の行うべき工夫です。仁者は努めずとも自然に人を愛します。恕は努めて仁を行います。これが仁と恕の違いです。恕の一字は人が一生の間努めて行うべき道だと、聖人はおっしゃいました。

解説

仁と恕の違いを明快に示した段です。仁者は努めずとも人を愛するのに対し、まだ仁に至らない学ぶ者は、自分の心で相手の心を推し量る「恕」で努めて仁を行えと言います。「己の欲せざる所は人に施すこと勿れ」「己立たんと欲して人を立つ」はいずれも『論語』の言葉で、恕を一生行うべき一字としたのも『論語』衛霊公篇の子貢との問答です。相手の立場に立って考えるという、誰にでも実践できる具体的な方法として、職場や家庭の人間関係でもそのまま使えます。

この章句が説くこと

恕仁公私思いやり

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