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大和俗訓 / 巻之二・為学下

一書を讀まざる人は、書をよむ人をきらひ惡みて、書をよめば氣へり、病者になり、心うつけてぬるくなり、出家長そでの如く、武道もよわくなると言ひてそしる。書をよむ人これを聞きて、いかり爭ひ、口論となり、たゝかひに及ぶ事、其ためしあり。凡人は、人の我に同じきをよろこび、我に異なるをにくみ、わが知らざるを以て、人の知るをそしる。是凡人のつねの心なり。かゝるひがごとを聞きて怒りあらそふは、われも亦彼の愚なる人と同じくなるは口をし。書を讀み學問するは、かゝる愚なる人になるまじきが爲なり。愚人の學問をそしり、我ををかすをば、不智なる故なりと思ひて、あはれみ許すべし。いかるべき理にはあらず。又愚人のあだ事を云ふとて、我が心にかけて與るべからす。聖人はかゝる頑なる人をあはれみて、いかり惡み給はず。是を以て則とすべし。

新字:一書を読まざる人は、書をよむ人をきらひ悪みて、書をよめば気へり、病者になり、心うつけてぬるくなり、出家長そでの如く、武道もよわくなると言ひてそしる。書をよむ人これを聞きて、いかり争ひ、口論となり、たゝかひに及ぶ事、其ためしあり。凡人は、人の我に同じきをよろこび、我に異なるをにくみ、わが知らざるを以て、人の知るをそしる。是凡人のつねの心なり。かゝるひがごとを聞きて怒りあらそふは、われも亦彼の愚なる人と同じくなるは口をし。書を読み学問するは、かゝる愚なる人になるまじきが為なり。愚人の学問をそしり、我ををかすをば、不智なる故なりと思ひて、あはれみ許すべし。いかるべき理にはあらず。又愚人のあだ事を云ふとて、我が心にかけて与るべからす。聖人はかゝる頑なる人をあはれみて、いかり悪み給はず。是を以て則とすべし。

書き下し

一書を読まざる人は、書をよむ人をきらひ悪みて、書をよめば気へり、病者になり、心うつけてぬるくなり、出家長そでの如く、武道もよわくなると言ひてそしる。書をよむ人これを聞きて、いかり争ひ、口論となり、たたかひに及ぶ事、其ためしあり。凡人は、人の我に同じきをよろこび、我に異なるをにくみ、わが知らざるを以て、人の知るをそしる。是凡人のつねの心なり。かかるひがごとを聞きて怒りあらそふは、われも亦彼の愚なる人と同じくなるは口をし。書を読み学問するは、かかる愚なる人になるまじきが為なり。愚人の学問をそしり、我ををかすをば、不智なる故なりと思ひて、あはれみ許すべし。いかるべき理にはあらず。又愚人のあだ事を云ふとて、我が心にかけて与るべからす。聖人はかかる頑なる人をあはれみて、いかり悪み給はず。是を以て則とすべし。

現代語訳

書を読まない人は、書を読む人を嫌い憎んで、「書を読めば気が減り、病気になり、心がぼんやりして鈍くなり、出家や公家のようになって、武道も弱くなる」と言ってそしります。書を読む人がこれを聞いて、怒り争い、口論となり、けんかに及ぶ例もあります。およそ人は、人が自分と同じであることを喜び、自分と違うことを憎み、自分が知らないことを理由に、人が知っていることをそしります。これが凡人の常の心です。このような間違った言葉を聞いて怒り争うのは、自分もまたあの愚かな人と同じになることで、残念なことです。書を読み学問をするのは、このような愚かな人にならないためです。愚かな人が学問をそしり自分を侵すのは、知恵がないからだと思って、憐れみ許すべきです。怒るべき理由はありません。また愚かな人がつまらないことを言うからといって、自分の心にかけて関わるべきではありません。聖人はこのような頑なな人を憐れんで、怒り憎まれることはありません。これを手本とすべきです。

解説

武士の世では、読書をすると軟弱になるという偏見が根強くありました。益軒はそれに腹を立てて言い争えば、自分も同じ愚か者になると戒め、そしる人は知らないから言うのだと憐れみ許せと説きます。人は自分と違うものを憎み、知らないことをけなすものだという人間観は鋭く、今のネット上の中傷にも当てはまります。批判に反論するより、学んだ者らしい落ち着きで受け流すことこそ、学問の成果だというわけです。

この章句が説くこと

学問忍耐寛容そしり心

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