大和俗訓 / 巻之二・為学下
一ふたゝび生れ來るべき賴なき此世の間なるに、天地人のいたれる道を學んで樂しまんこそ、生けるかひありて、身終る時もうらみ無かるべけれ。我が身の私慾にくるしめられ、世俗のいやしき習はしに迷ひて、人の道を知らずして一世を終らん事、かへすがへす口をしと思ひ、かねて心を用ふべし。
新字:一ふたゝび生れ来るべき頼なき此世の間なるに、天地人のいたれる道を学んで楽しまんこそ、生けるかひありて、身終る時もうらみ無かるべけれ。我が身の私慾にくるしめられ、世俗のいやしき習はしに迷ひて、人の道を知らずして一世を終らん事、かへすがへす口をしと思ひ、かねて心を用ふべし。
書き下し
一ふたたび生れ来るべき頼なき此世の間なるに、天地人のいたれる道を学んで楽しまんこそ、生けるかひありて、身終る時もうらみ無かるべけれ。我が身の私慾にくるしめられ、世俗のいやしき習はしに迷ひて、人の道を知らずして一世を終らん事、かへすがへす口をしと思ひ、かねて心を用ふべし。
現代語訳
二度と生まれて来るあてのないこの世のあいだに、天・地・人の至った道を学んで楽しむことこそ、生きるかいがあって、身の終わるときにも恨みがないでしょう。自分の身の私欲に苦しめられ、世間の卑しい習わしに迷って、人の道を知らずに一生を終えることは、かえすがえすも残念なことと思い、前もって心を用いるべきです。
解説
人生は一度きりで、二度と生まれてくるあてはないという実感から、道を学ぶ喜びこそ生きがいだと語る短い条です。私欲や世間の悪い習わしに流されて一生を終えることを「かへすがへす口をし」と繰り返すところに、晩年の益軒の切実な思いがにじみます。忙しさにまぎれて本当に大切なことを後回しにしていないか。人生の終わりに悔いを残さないために、今から心を用いておけという呼びかけは、どの世代にも届くものです。
この章句が説くこと
人生道楽しみ私欲学問
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『慎思録』巻之二大凡そ道を聞くこと、亦た各々禀性の高下に随ひて浅深有るのみ。然れども其の生質通明淳正の士に非ざれば、則ち殆ど此に到ること易からず。偏僻蔽昧の徒は、聞くこと能はざる所なり。故に力を経術に用ゐること数十年と雖も、亦た未だ其の藩籬を窺ふこと能はざる者有り。是れ章句の習、訓詁の学と謂ふべきなり。
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『慎思録』巻之五凡そ事は必ず咨訪して後に明らかなり。故に曰く、問ふことを好めば則ち裕かなり、と。必ず経歴して後に熟す。故に曰く、一事に躓く者は一智を長ず、と。苟も咨訪せずして自ら用ひ、経歴せずして妄りに行へば、亦殆ふいかなと曰ふ。朱子曰く、学は道を知るを以て本と為す。道を知れば則ち学純にして心正し、と。愚謂ふ、是れ学を為すの本旨なり。学者の志を立つる、宜しく此くの如くなるべし。蓋し学は将に以て道を知らんとす。苟も学を為して、道を知るを以て本と為さずんば、博学広聞すと雖も益無く、徒に心思を労するのみ。所謂多しと雖も亦奚を以て為さんといふものなり。夫れ道を知るは固より極めて難し。然れども道を知るを以て志と為さざれば、則ち学を為すこと駁雑にして純一ならず、心を立つること邪僻にして平正ならず。其の本を失ふに因るなり。然らば則ち宏才博聞の人に逾ゆる有りと雖も、儒者の学と為すべからず。百家衆技の流と相同じきを免れず。此れ即ち俗学の習ひにして、亦貴しと為すに足らず。若し乃ち朱子の言を以て之を反覆して言はば、道を知らんと欲すれば、則ち先づ須らく学純にして心正しきを要すべし。苟も学雑にして純一ならず、心正しからずして邪僻なれば、則ち道と相乖戻す。何を以てか道を知るを得んや。
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『慎思録』巻之一人生まれて学ばざれば、生まれざると同じ。学びて道を知らざれば、学ばざると同じ。知りて行ふこと能はざれば、知らざると同じ。故に人為る者は、必ず学ばざるべからず。学を為す者は、必ず道を知らざるべからず。道を知る者は、必ず行はざるべからず。道を知ること至つて難し。古より英才敦行の士、多からずと為さず。然れども道を知る者は鮮し。学問思弁の功、闕くべからざる所以なり。
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『文武訓』文訓上之末一世に、文学なくしてみだりに道を説く人あり。孝弟忠信などの道を行ふことは、一文不通の愚夫愚婦も、其はしをば知りやすく行ひやすし。是を以て、学なき人に説ききかするはよし。かなの書をよみ、人の物語をきき覚えても、浅近なることは知りやすし。草医の、近世の名医の作れる国字書の方書を読みても、軽き病をばいやすが如し。しかるに、義理の学は、天地人の大道を知る事なれば、まづ文字をしり、四書五経以下、歴代の聖賢の書に通じ、三史、通鑑など、古今の事にもひろく通じてやうやく知るべし。かくの如く、博く書を見ても道をしらざる人は多し。聖賢の書に通ぜず、文学つたなくしては大道に通じがたし。文学なくして道を知りがたき事、たとへば通事なくして異国の人の言語に通じがたきが如く、又、小刀にて大厦を作らんとするがごとし。文学つたなく経伝にくらくしては、大道は知りがたかるべし。
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