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大和俗訓 / 巻之二・為学下

一わかき時は、經學を本としてひろく群書に通じ、且又有用の諸藝を習ふべし。中年以後は博覽をやめて、經傳の要文をつゞまやかに味ひ、道理をくはしくし、心に自得せんことを求むべし。一いまだ道を知らざれば、夢見てさめざるが如し。故に大學の致知を夢覺の關と云ふ。ゆめみると、さむるとのさかひなり。善を好むこと誠ならざれば、惡人の境界をまぬかれず。故に大學の誠意を善惡の關と云ふ。善人と惡人とのさかひなり。關とは内外のさかひなり。

新字:一わかき時は、経学を本としてひろく群書に通じ、且又有用の諸芸を習ふべし。中年以後は博覧をやめて、経伝の要文をつゞまやかに味ひ、道理をくはしくし、心に自得せんことを求むべし。一いまだ道を知らざれば、夢見てさめざるが如し。故に大学の致知を夢覚の関と云ふ。ゆめみると、さむるとのさかひなり。善を好むこと誠ならざれば、悪人の境界をまぬかれず。故に大学の誠意を善悪の関と云ふ。善人と悪人とのさかひなり。関とは内外のさかひなり。

書き下し

一わかき時は、経学を本としてひろく群書に通じ、且又有用の諸芸を習ふべし。中年以後は博覧をやめて、経伝の要文をつづまやかに味ひ、道理をくはしくし、心に自得せんことを求むべし。一いまだ道を知らざれば、夢見てさめざるが如し。故に大学の致知を夢覚の関と云ふ。ゆめみると、さむるとのさかひなり。善を好むこと誠ならざれば、悪人の境界をまぬかれず。故に大学の誠意を善悪の関と云ふ。善人と悪人とのさかひなり。関とは内外のさかひなり。

現代語訳

若いときは経学を根本として広く群書に通じ、そのうえ有用な諸芸も習うべきです。中年以後は博覧をやめて、経伝の大切な文を簡潔に味わい、道理を詳しくし、心に会得することを求めるべきです。まだ道を知らないのは、夢を見て覚めていないようなものです。ですから『大学』の致知を夢と覚醒の関所といいます。夢見ることと覚めることの境目です。善を好むことが誠でなければ、悪人の境界を免れません。ですから『大学』の誠意を善と悪の関所といいます。善人と悪人との境目です。関とは内と外の境目です。

解説

前半は年齢に応じた学び方で、若いうちは広く読み、中年以後は要となる文を深く味わえという助言です。後半は朱子の言葉として知られる「致知は夢覚の関、誠意は善悪の関」を紹介し、知ることで夢から覚め、誠意によって悪人と善人が分かれると説きます。人生の時期によって学び方を変えるという発想は、今の生涯学習にもそのまま使えます。広く浅くから狭く深くへと、読書の仕方を見直すきっかけになる一節です。

この章句が説くこと

博学約致知誠意読書

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