大和俗訓 / 巻之二・為学下
一世の人、多くは藝を好みて、學問を好まず。藝はたとへば木の枝葉なり。學問はたとへば木の根本なり。根本をつとめずして枝葉をつとめ、本をすてゝ末に專なるは、ひが事なり、道學なければ、藝多くしても根本たゝず、君子とすべからず。又技藝なければ事に通ぜずして、其德の助なし。野人といふべし。
新字:一世の人、多くは芸を好みて、学問を好まず。芸はたとへば木の枝葉なり。学問はたとへば木の根本なり。根本をつとめずして枝葉をつとめ、本をすてゝ末に専なるは、ひが事なり、道学なければ、芸多くしても根本たゝず、君子とすべからず。又技芸なければ事に通ぜずして、其徳の助なし。野人といふべし。
書き下し
一世の人、多くは芸を好みて、学問を好まず。芸はたとへば木の枝葉なり。学問はたとへば木の根本なり。根本をつとめずして枝葉をつとめ、本をすてて末に専なるは、ひが事なり、道学なければ、芸多くしても根本たたず、君子とすべからず。又技芸なければ事に通ぜずして、其徳の助なし。野人といふべし。
現代語訳
世の人は多くが芸を好んで学問を好みません。芸はたとえば木の枝葉です。学問はたとえば木の根本です。根本に努めずに枝葉に努め、本を捨てて末ばかりに専念するのは、間違いです。道学がなければ、芸がたくさんあっても根本が立たず、君子とはいえません。また技芸がなければ、物事に通じず、その徳の助けになりません。野暮な人というべきです。
解説
学問(道学)を木の根、芸事や技能を枝葉にたとえ、本末を取り違えるなと説きます。ただし益軒は芸を否定せず、技芸がなければ物事に通じず徳の助けにもならない、それは野人だとも言います。根と枝葉の両方があって木は立つというバランス感覚が益軒らしいところです。仕事のスキルや趣味の腕前を磨くことも大事ですが、その土台となる人としての考え方を学ぶことを忘れてはいけないと教えています。
この章句が説くこと
芸学問本末君子技能
関連する章句
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『童子問』卷下問ふ、蔡氏の書伝に載する所の渾天儀の制。曰く、知らざるなり。問ふ、春秋の春王正月の弁。曰く、知らざるなり。童子云ふ、聞く、先生幼より心を経学に留むと。今此の二事に於て知らざる者は、何ぞや。曰く、学に本有り末有り。必ず知らざるべからざる者有り。知るを必せざる所に在る者有り。学術・政体・己を修め人を治むるの術のごときは、是れ本にして必ず知らざるべからず。其の他、進んでは以て人を治むるに足らず、退いては以て己を修むるに足らざる者は、之を知らずと雖も害無し。渾天儀の制は、是れ有司の掌る所。春王正月の弁も、亦学術に益無し。故に左氏も亦伝へず。大凡支干・孤虚・旺相・律呂・隔八相生の属、皆然り。之を陰陽数学を好む者に附して可なり。儒者の先務に非ず。今世の小子、学を為むるの法を知らず。区区として心を此れ等の細務に留む。甚だ不可なり。
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『文武訓』文訓上一士は農工商の上に居て、民ををさむる位あれば、一心を以て万事に通ぜずんばあるべからず。故に、古人字を作るに、士の字、下は一に从ひ、上は十に从ふ。一は一心なり、十は数の極なり。万事万物をすべていへり。しかれば農工商の一事一芸にかかはりては、万事の用にかなはず。故に、本を先にし末を後にし、先後の次第にしたがひて、広く事をまなび知るべし。読書学問するは本を勤むるなり。芸術をまなぶは末に達するなり。たとへば、草木の本幹立ちて枝葉しげるがごとし。本を本とし末を末として、本末かね備はるべし。学問は四書六経を専とし、史学と諸子に及ぶべし。芸術は六芸文武の法を学ぶべし。六芸は、貴賤ともに知らずしてかなはざる日用のわざなり。
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うひ山ぶみ・注[ヤ]いにしへ人の風雅(ミヤビ)のおもむき末にのみかゝづらふは、実にいにしへを好むといふものにはあらず、さては歌をよむも、まことにあだ事にぞ有ける、のりなががをしへにしたがひて、ものまなびせんともがらは、これらのこゝろをよく思ひわきまへて、あなかしこ、道をなほざりに思ひ過すことなかれ、
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『斉家論』下男と思はれ候やといひければ、告げし人、我が言ふ所に同心しておかしがられき。此様の事をいはるゝも、近世の学問、多くは詩作文章に流れ、聖学の本を失へるゆへなり。論語学而篇に、行ひて余力あるときは文を学べと、孔子既にのたまへり。文学は末なり、身の行ひは本なり。凡て学問は本末を知るを肝要とす。又国を治むるには、用を節にして民を愛すとのたまふ。財宝を用ゐる事、倹約にする中に、人を愛するの理備はれり。人を愛せんと欲すとも、財用たらざれば能はず。しかれば家国を治むるには、倹約は本なる事明らかなり。これまで物語すといへども、汝いまだ得心せずと見ゆ。幸ひ今般門弟倹約示し合はせの書付を認め、其の序を予に請はれけれど、先づ何ものの存より述べられよといへば、斯くの如しとて書付見せられけり。趣意、予が心に合ふ。これ約にして見やすかるべし。此の序を見て、倹約の意味を考へ知らるべし。
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