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和俗童子訓 / 巻之一・総論上

一四民ともに、其子の幼きより、父兄君長に事ふる禮儀作法を敎へ、聖經を讀ましめ、仁義の道理を漸くさとさしむべし。是根本をつとむるなり。次に、ものかき算數を習はしむべし。武士の子には、學問のひまに、弓馬劔戟拳法など習はしむべし。但一向に藝を好みすごすべからず。必一事に心移りぬれば、其事におぼれて害となる。學問に志ある人も、藝を好み過せば、其方に心傾きて、學問すたる。學問は、專ならざれば進み難し。藝は學問を勤めて、其いとま有る時の餘事なり。學問と藝術を同じたぐひに思へる人あり、本末輕重を知らず、愚なりと云ふべし。學問は本なり、藝術は末なり。本は重くして、末は輕し。本末を同じくすべからず。後世の人、此理を知らず。

新字:一四民ともに、其子の幼きより、父兄君長に事ふる礼儀作法を教へ、聖経を読ましめ、仁義の道理を漸くさとさしむべし。是根本をつとむるなり。次に、ものかき算数を習はしむべし。武士の子には、学問のひまに、弓馬剣戟拳法など習はしむべし。但一向に芸を好みすごすべからず。必一事に心移りぬれば、其事におぼれて害となる。学問に志ある人も、芸を好み過せば、其方に心傾きて、学問すたる。学問は、専ならざれば進み難し。芸は学問を勤めて、其いとま有る時の余事なり。学問と芸術を同じたぐひに思へる人あり、本末軽重を知らず、愚なりと云ふべし。学問は本なり、芸術は末なり。本は重くして、末は軽し。本末を同じくすべからず。後世の人、此理を知らず。

書き下し

一四民ともに、其子の幼きより、父兄君長に事ふる礼儀作法を教へ、聖経を読ましめ、仁義の道理を漸くさとさしむべし。是根本をつとむるなり。次に、ものかき算数を習はしむべし。武士の子には、学問のひまに、弓馬剣戟拳法など習はしむべし。但一向に芸を好みすごすべからず。必一事に心移りぬれば、其事におぼれて害となる。学問に志ある人も、芸を好み過せば、其方に心傾きて、学問すたる。学問は、専ならざれば進み難し。芸は学問を勤めて、其いとま有る時の余事なり。学問と芸術を同じたぐひに思へる人あり、本末軽重を知らず、愚なりと云ふべし。学問は本なり、芸術は末なり。本は重くして、末は軽し。本末を同じくすべからず。後世の人、此理を知らず。

現代語訳

士農工商の四民ともに、その子の幼い時から、父兄や主君・目上に仕える礼儀作法を教え、聖人の経書を読ませ、仁義の道理をだんだんと悟らせなさい。これが根本を勤めることです。次に、読み書きと算数を習わせなさい。武士の子には、学問の合間に、弓・馬・剣・戟・拳法などを習わせなさい。ただし、ひたすら芸を好み過ぎてはなりません。必ず一事に心が移ると、それに溺れて害になります。学問に志のある人も、芸を好み過ぎれば、そちらに心が傾いて学問がすたれます。学問はそれに専念しなければ進みにくいのです。芸は学問を勤めて、その暇がある時の余事です。学問と芸術(技芸)を同じ類と思う人がいますが、本末軽重を知らない愚かなことと言うべきです。学問は本であり、芸術は末です。本は重く、末は軽いのです。本と末を同じにしてはなりません。後の世の人はこの道理を知りません。

解説

子どもに学ばせる順序を、本と末で整理した条です。まず礼儀作法と経書による仁義の学問、次に読み書きと算数、武士ならその後に武芸、という順になっています。ここでの「芸術」は今の美術ではなく技芸全般のことです。益軒は技芸を否定しませんが、学問と同列に置くことを本末転倒として退けます。人としての根本を先に固め、技能はその上に置くという考えは、資格や技術ばかりを追う教育やキャリア形成に対して、何を土台にすべきかを問い直させてくれます。

この章句が説くこと

学問芸本末四民教育

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