大和俗訓 / 巻之二・為学下
一學者、文學言句に求むるつとめは常に多く、日用德行に心を用ふるつとめは常にすくなし。是學問の本意を失へり。もし德行をつとめずして文學を好むは、たとへば酒をすてゝ糟をくらふが如し。よき所をば取りて用ひずして、よからざる所を好むなり。
新字:一学者、文学言句に求むるつとめは常に多く、日用徳行に心を用ふるつとめは常にすくなし。是学問の本意を失へり。もし徳行をつとめずして文学を好むは、たとへば酒をすてゝ糟をくらふが如し。よき所をば取りて用ひずして、よからざる所を好むなり。
書き下し
一学者、文学言句に求むるつとめは常に多く、日用徳行に心を用ふるつとめは常にすくなし。是学問の本意を失へり。もし徳行をつとめずして文学を好むは、たとへば酒をすてて糟をくらふが如し。よき所をば取りて用ひずして、よからざる所を好むなり。
現代語訳
学ぶ者は、文学や言葉の句に求める努力はいつも多く、日常の徳行に心を用いる努力はいつも少ないのです。これは学問の本意を失っています。もし徳行に努めずに文学を好むのは、たとえば酒を捨てて酒かすを食べるようなものです。良いところを取って用いずに、良くないところを好んでいるのです。
解説
文章や言葉の研究ばかりに力を入れ、日々の行いを磨くことを怠る学者を、酒を捨てて糟をかじる人にたとえた短い条です。学問の中身である徳行が酒、表面の言葉が糟というわけで、益軒のたとえはいつも身近で鋭いものです。資格の勉強や読書量を誇っても、人への接し方や日々の振る舞いが変わらなければ、糟を食べているのと同じかもしれません。学びの本体は行いにあるという、この巻を通じた主張がよく表れています。
この章句が説くこと
徳行文学学問本末実践
関連する章句
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『文武訓』文訓上一士は農工商の上に居て、民ををさむる位あれば、一心を以て万事に通ぜずんばあるべからず。故に、古人字を作るに、士の字、下は一に从ひ、上は十に从ふ。一は一心なり、十は数の極なり。万事万物をすべていへり。しかれば農工商の一事一芸にかかはりては、万事の用にかなはず。故に、本を先にし末を後にし、先後の次第にしたがひて、広く事をまなび知るべし。読書学問するは本を勤むるなり。芸術をまなぶは末に達するなり。たとへば、草木の本幹立ちて枝葉しげるがごとし。本を本とし末を末として、本末かね備はるべし。学問は四書六経を専とし、史学と諸子に及ぶべし。芸術は六芸文武の法を学ぶべし。六芸は、貴賤ともに知らずしてかなはざる日用のわざなり。
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『童子問』卷下問ふ、蔡氏の書伝に載する所の渾天儀の制。曰く、知らざるなり。問ふ、春秋の春王正月の弁。曰く、知らざるなり。童子云ふ、聞く、先生幼より心を経学に留むと。今此の二事に於て知らざる者は、何ぞや。曰く、学に本有り末有り。必ず知らざるべからざる者有り。知るを必せざる所に在る者有り。学術・政体・己を修め人を治むるの術のごときは、是れ本にして必ず知らざるべからず。其の他、進んでは以て人を治むるに足らず、退いては以て己を修むるに足らざる者は、之を知らずと雖も害無し。渾天儀の制は、是れ有司の掌る所。春王正月の弁も、亦学術に益無し。故に左氏も亦伝へず。大凡支干・孤虚・旺相・律呂・隔八相生の属、皆然り。之を陰陽数学を好む者に附して可なり。儒者の先務に非ず。今世の小子、学を為むるの法を知らず。区区として心を此れ等の細務に留む。甚だ不可なり。
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『和俗童子訓』巻之二・総論下文を学ぶが内にも本末あり。経伝を読んで学問するは本なり。諸芸を学ぶは末なり。芸はさまざま多し。其内にて、人の日に用ふるわざをえらびて学ぶべし。無用の芸は、学ばずとも有りなん。芸も亦道理あることにて、学問の助となる。これを知らでは、日用の事欠けぬ。芸を学ばざれば、たとへば木の本あれども枝葉なきが如し。故に聖人の書を学んで、其ひまには文武の芸を学ぶべし。此章唯二十五字にて、人の子となり、弟となるもの教行ふべき道、是に尽せり。聖人の語、詞少なくして義備れりと云ふべし。
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『和俗童子訓』巻之一・総論上一四民ともに、其子の幼きより、父兄君長に事ふる礼儀作法を教へ、聖経を読ましめ、仁義の道理を漸くさとさしむべし。是根本をつとむるなり。次に、ものかき算数を習はしむべし。武士の子には、学問のひまに、弓馬剣戟拳法など習はしむべし。但一向に芸を好みすごすべからず。必一事に心移りぬれば、其事におぼれて害となる。学問に志ある人も、芸を好み過せば、其方に心傾きて、学問すたる。学問は、専ならざれば進み難し。芸は学問を勤めて、其いとま有る時の余事なり。学問と芸術を同じたぐひに思へる人あり、本末軽重を知らず、愚なりと云ふべし。学問は本なり、芸術は末なり。本は重くして、末は軽し。本末を同じくすべからず。後世の人、此理を知らず。
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うひ山ぶみ・注[ヤ]いにしへ人の風雅(ミヤビ)のおもむき末にのみかゝづらふは、実にいにしへを好むといふものにはあらず、さては歌をよむも、まことにあだ事にぞ有ける、のりなががをしへにしたがひて、ものまなびせんともがらは、これらのこゝろをよく思ひわきまへて、あなかしこ、道をなほざりに思ひ過すことなかれ、
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