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大和俗訓 / 巻之二・為学下

一君子は氣質の偏惡なし。無病の人なり。衆人は皆氣質の偏なる病ある故、過のみ多し。皆病人なり。其病を去りて、君子にいたるべし。病を其まゝおきて、其惡を長ずべからず。病を去らんと思はゞ、明師良友にあひて其敎をうけ、其氣質の惡しきを改むべし。たとへば病人の、良醫にあひて其病をいやすが如し。病人は、醫を招きて藥を服せざれば、無病の人となりがたし。衆人に氣質の病あるも亦しかり。良友にあひ、又みづからせめて、其氣質を改め去らずんば、君子とはなりがたかるべし。朋友の、我が過を正すをきらひ、臣下の諫をふせぐは、病人の、醫をきらひて、藥を用ひず、病死すれども悟らざるが如し。かなしむべし。

新字:一君子は気質の偏悪なし。無病の人なり。衆人は皆気質の偏なる病ある故、過のみ多し。皆病人なり。其病を去りて、君子にいたるべし。病を其まゝおきて、其悪を長ずべからず。病を去らんと思はゞ、明師良友にあひて其教をうけ、其気質の悪しきを改むべし。たとへば病人の、良医にあひて其病をいやすが如し。病人は、医を招きて薬を服せざれば、無病の人となりがたし。衆人に気質の病あるも亦しかり。良友にあひ、又みづからせめて、其気質を改め去らずんば、君子とはなりがたかるべし。朋友の、我が過を正すをきらひ、臣下の諫をふせぐは、病人の、医をきらひて、薬を用ひず、病死すれども悟らざるが如し。かなしむべし。

書き下し

一君子は気質の偏悪なし。無病の人なり。衆人は皆気質の偏なる病ある故、過のみ多し。皆病人なり。其病を去りて、君子にいたるべし。病を其ままおきて、其悪を長ずべからず。病を去らんと思はば、明師良友にあひて其教をうけ、其気質の悪しきを改むべし。たとへば病人の、良医にあひて其病をいやすが如し。病人は、医を招きて薬を服せざれば、無病の人となりがたし。衆人に気質の病あるも亦しかり。良友にあひ、又みづからせめて、其気質を改め去らずんば、君子とはなりがたかるべし。朋友の、我が過を正すをきらひ、臣下の諫をふせぐは、病人の、医をきらひて、薬を用ひず、病死すれども悟らざるが如し。かなしむべし。

現代語訳

君子には気質の偏りや悪さがありません。病のない人です。一般の人はみな気質の偏った病があるので、過ちばかり多いのです。みな病人です。その病を取り除いて、君子に至るべきです。病をそのままにして、その悪を伸ばしてはいけません。病を取り除こうと思うなら、良い師や良い友に会ってその教えを受け、その気質の悪いところを改めるべきです。たとえば病人が良い医者に会ってその病を治すようなものです。病人は医者を招いて薬を飲まなければ、病のない人にはなりにくいのです。一般の人に気質の病があるのもまた同じです。良い友に会い、また自ら責めて、その気質を改め去らなければ、君子にはなりがたいでしょう。友が自分の過ちを正すのを嫌い、臣下の忠告を拒むのは、病人が医者を嫌って薬を用いず、病で死んでも悟らないようなものです。悲しむべきことです。

解説

気質の偏りを「病」、師や友を「医者」、教えや忠告を「薬」にたとえた条です。医学にも通じ、のちに『養生訓』を著す益軒らしい比喩といえます。君子は無病の人、凡人はみな病人だと言い切ったうえで、医者を呼んでも薬を飲まなければ治らないように、忠告を聞いても実行しなければ変わらないと説きます。人の意見を拒むのは、病を抱えたまま治療を拒むのと同じだという言葉は、組織の上に立つ人ほど胸に刻みたい戒めです。

この章句が説くこと

気質病師友忠告

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