大和俗訓 / 巻之二・為学下
一學問に、有用の學あり、無用の學あり。我が儒の學は有用の學なり。有用の學とは、學問をすれば、我がため人のため、益となるを云ふ。此故に學問の道は有用の學をすべし、無用の學をすべからず。有用の學は、身ををさめて、人倫の道をあつく行ひ、とに忠孝をつとめ、善をなして人を助け救ふにあり。貧賤なる者も、善を行ふ志だにあれば、人を救ふこと多し。いはんや富貴の人は、その力によりて、其施ひろし。故に富貴の人の學は、我が身を修むるのみならず、仁愛の心を本とし、人を助け救ふことを專つとめ行ふべし。是皆有用の學なり。もし口に高き事を說き、心にいさぎよき事を好み、身に艱苦なる事を行ふとも、仁義の心を求めず、人倫の道を行はず、善をなして人に益ある事なくば、無用の學なるべし。又詩文を作り、心をくるしめ、多く隙をつひやし、巧にかざりて、人にほめられん事を求めて、日用人倫の道に志なきは、益もなきいたづらごとなり。皆是無用の學なり。
新字:一学問に、有用の学あり、無用の学あり。我が儒の学は有用の学なり。有用の学とは、学問をすれば、我がため人のため、益となるを云ふ。此故に学問の道は有用の学をすべし、無用の学をすべからず。有用の学は、身ををさめて、人倫の道をあつく行ひ、とに忠孝をつとめ、善をなして人を助け救ふにあり。貧賤なる者も、善を行ふ志だにあれば、人を救ふこと多し。いはんや富貴の人は、その力によりて、其施ひろし。故に富貴の人の学は、我が身を修むるのみならず、仁愛の心を本とし、人を助け救ふことを専つとめ行ふべし。是皆有用の学なり。もし口に高き事を説き、心にいさぎよき事を好み、身に艱苦なる事を行ふとも、仁義の心を求めず、人倫の道を行はず、善をなして人に益ある事なくば、無用の学なるべし。又詩文を作り、心をくるしめ、多く隙をつひやし、巧にかざりて、人にほめられん事を求めて、日用人倫の道に志なきは、益もなきいたづらごとなり。皆是無用の学なり。
書き下し
一学問に、有用の学あり、無用の学あり。我が儒の学は有用の学なり。有用の学とは、学問をすれば、我がため人のため、益となるを云ふ。此故に学問の道は有用の学をすべし、無用の学をすべからず。有用の学は、身ををさめて、人倫の道をあつく行ひ、とに忠孝をつとめ、善をなして人を助け救ふにあり。貧賤なる者も、善を行ふ志だにあれば、人を救ふこと多し。いはんや富貴の人は、その力によりて、其施ひろし。故に富貴の人の学は、我が身を修むるのみならず、仁愛の心を本とし、人を助け救ふことを専つとめ行ふべし。是皆有用の学なり。もし口に高き事を説き、心にいさぎよき事を好み、身に艱苦なる事を行ふとも、仁義の心を求めず、人倫の道を行はず、善をなして人に益ある事なくば、無用の学なるべし。又詩文を作り、心をくるしめ、多く隙をつひやし、巧にかざりて、人にほめられん事を求めて、日用人倫の道に志なきは、益もなきいたづらごとなり。皆是無用の学なり。
現代語訳
学問には、有用の学と無用の学があります。私たち儒者の学は有用の学です。有用の学とは、学問をすれば、自分のためにも人のためにも益となるものをいいます。ですから学問の道は有用の学をすべきで、無用の学をしてはいけません。有用の学とは、身を修めて人倫の道を厚く行い、忠孝に努め、善をなして人を助け救うことにあります。貧しく身分の低い者でも、善を行う志さえあれば、人を救うことは多いのです。まして富貴の人は、その力によって施しが広く及びます。ですから富貴の人の学問は、自分の身を修めるだけでなく、仁愛の心を根本として、人を助け救うことをもっぱら努め行うべきです。これがみな有用の学です。もし口に高尚なことを説き、心に潔いことを好み、身に苦行を行っても、仁義の心を求めず、人倫の道を行わず、善をなして人に益することがなければ、無用の学でしょう。また詩文を作り、心を苦しめ、多くの時間を費やし、巧みに飾って人にほめられることを求め、日常の人倫の道に志がないのは、益のない無駄ごとです。これらはみな無用の学です。
解説
この章句が説くこと
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