大和俗訓 / 巻之二・為学下
一學問は其はじめを愼んで、其術をえらぶべし。もし其はじめ、學術正しからず、一たびあやまりて、あしき方にふみ迷へば、其あやまりに習ひて、改めて善き道に立ちかへりがたく、身を終るまで、ひが事に迷へることを知らず。かへりて正しき道をきらひ誹る。天地の道にそむき、人の道を失ひ、一生の間迷ひてさとらず。悲むべし。學問せんと思はゞ、必まづ明師良友にしたがひて、學術をえらぶべし。是始をつゝしむなり。易緯に、君子愼始、もし差ふこと毫釐なれば、あやまるに千里を以てすといへり。はじめのたがひは少しなれど、後のあやまりは千里の遠きにいたる。其はじめ學術をえらぶ事、あに愼まざらんや。
新字:一学問は其はじめを慎んで、其術をえらぶべし。もし其はじめ、学術正しからず、一たびあやまりて、あしき方にふみ迷へば、其あやまりに習ひて、改めて善き道に立ちかへりがたく、身を終るまで、ひが事に迷へることを知らず。かへりて正しき道をきらひ誹る。天地の道にそむき、人の道を失ひ、一生の間迷ひてさとらず。悲むべし。学問せんと思はゞ、必まづ明師良友にしたがひて、学術をえらぶべし。是始をつゝしむなり。易緯に、君子慎始、もし差ふこと毫釐なれば、あやまるに千里を以てすといへり。はじめのたがひは少しなれど、後のあやまりは千里の遠きにいたる。其はじめ学術をえらぶ事、あに慎まざらんや。
書き下し
一学問は其はじめを慎んで、其術をえらぶべし。もし其はじめ、学術正しからず、一たびあやまりて、あしき方にふみ迷へば、其あやまりに習ひて、改めて善き道に立ちかへりがたく、身を終るまで、ひが事に迷へることを知らず。かへりて正しき道をきらひ誹る。天地の道にそむき、人の道を失ひ、一生の間迷ひてさとらず。悲むべし。学問せんと思はば、必まづ明師良友にしたがひて、学術をえらぶべし。是始をつつしむなり。易緯に、君子慎始、もし差ふこと毫釐なれば、あやまるに千里を以てすといへり。はじめのたがひは少しなれど、後のあやまりは千里の遠きにいたる。其はじめ学術をえらぶ事、あに慎まざらんや。
現代語訳
学問はその初めを慎んで、その方法を選ぶべきです。もしその初めに学び方が正しくなく、一度誤って悪い方に踏み迷えば、その誤りに慣れて、改めて良い道に立ち返ることが難しく、身を終えるまで間違いに迷っていることに気づきません。かえって正しい道を嫌いそしります。天地の道に背き、人の道を失い、一生のあいだ迷って悟りません。悲しむべきことです。学問をしようと思うなら、必ずまず良い師と良い友に従って、学び方を選ぶべきです。これが始めを慎むということです。『易緯』に「君子は始めを慎む。もし違いが毛ほどであれば、誤りは千里に及ぶ」とあります。初めの違いはわずかでも、後の誤りは千里の遠さに至ります。その初めに学び方を選ぶことを、どうして慎まないでいられましょうか。
解説
この章句が説くこと
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『大和俗訓』巻之一・為学上故に人とむまれては、必学びずんばあるべからず。学ぶ者は、必道を知らずんばあるべからず。道を知れば必行はずんばあるべからず。道を知れば必よく行ふ。行はざるは未だ道を知らざるなり。道を知らんと思はば聖人の教をあふぎ、賢人の説を階梯として、其法に随ふべし。是道を知るべき学問のすぢなり。道に志なく、師伝あしく、学術のすぢ違へば、一生精力を用ひ、つとめ学んでも験なし。故に道を学ばんと思はば、初学より道にふかく志をたてて、明師にしたがひ、良友にまじはり、学術をえらぶを宗とすべし。学術とは学びやうのすぢを云ふ、学のすぢあしければ、一生つとめても道を知らず。一たび迷ひぬれば、よき道に立ちかへりがたし。故にまづ学術をえらぶべし。
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『大和俗訓』巻之一・為学上一常に我が身をかへりみ、又人のいさめをききて、我が不善なると、我があやまちを知りて、善にうつり、あやまちをあらたむべし。知ありて忠直にして、我が過を正す良友を求めて、交り親みて、いさめをきき、教を求むべし。学問は我が身の悪しきをあらためて、よきにうつる道なれば、我を知ありとし、我をよしと思はば、学ぶとも益なくして、かへりて邪気を長ずべし。人聖人にあらず、なんぞ事ごとに善をつくさんや。自ら是とし、自ら足れりとすべからず。聖人すら学問をこのみて、自ら是とし給はず。今の凡夫、いかでか過なかるべき。
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『初学訓』巻之三一学問の道は、善を好む志を立つべし。且明師良友を求めて、学術のすぢを択ぶべし。師友の人品よからず、学術のすぢ悪しければ、学びても益なし。是、第一えらぶべきことなり。初よりわが志をへりくだりて、わが身に才ありとて誇るべからず、われを是とし人を非とすべからず。知れることも、知らざるかごとく、心得ざるさまにて有りぬべし。君子の心ざまを学ぶべし。かりにも、小人のわざに倣ふべからず。
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『五常訓』巻之一・総論学問は、まづ此道に志をたて、明なる師をえらびて、其教をうけ、よき友にまじはりて、其助を借るべし。志を立つることは我にありといへども、道を学ぶことは師友の力を用ゆべし。たとへばいとささやかなる芸能、又民のつとむる賤しきことわざといへども、師なく、法なく、教なくて、唯わが心ひとつに任せたらんには、いかに才力ありても、其わざをよくしがたし。いはんや人の道は、すなはち天地の道にて、きはめて大なること、諸芸にくらべがたきをや。いかでか古の聖人の法をまなばずして、わが心ひとつにて其道行はるべき。然れば、人となる者は、必いにしへの聖賢を師とし、其教をたふとび、其書をよみ、学問して、人の道を知らずんばあるべからず。
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『大和俗訓』巻之二・為学下一書をよむ人は、まづ其学問のすぢを正しくし、又心術を正しくすべし。学問も心法も一すぢに天地聖人の道にしたがひて、一点も邪をまじへずして純一なるべし。聖人の道を好むとも、其間に、又少しにても聖人の道に似ざる所あらば、純一なりといひがたし。学純一なれば、其心法も邪なくして正し。心法正しければ、行事にあらはし発するも皆正し。たとへば道を行く人の、まづ道のすぢを尋ね知るが如し。道のすぢを知らずして、ただに行く事をのみつとめば、たとへば都にある人、奥州に行かんとて、まづ淀山崎へむかひ行くが如し。いよいよつとめ行くほど、いよいよ奥州には遠ざかるべし。是唯道をいそぐ事を知りて、道をあやまる事を知らざるなり。
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『慎思録』巻之一学問の要は二つ有り。其の未だ知らざる所を知り、其の已に知る所を行ふに在るのみ。学を為す者は、必ず道に造らんと欲す。道に造らんと欲する者は、術を択ぶを貴ぶ。術を択ばんと欲する者は、又必ず師友を択ぶべし。師友明良なれば、則ち学術正し。学術正しくして、而る後に道に造るべきなり。苟も学術正しからざれば、則ち心志を労し日月を費やして、終身成功無し。或いは曲径邪路に迷ふ者多し。一たび脚を失へば、則ち正路に復ること能はず。故に学者は須らく術を択ぶを以て第一の事と為すべし。
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