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大和俗訓 / 巻之二・為学下

一此道理の天下にある處は、まづ吾が心を本とす。人にまじはれば、君臣、父子、兄弟夫婦、朋友の間、行ふべき道あり。又我が身の、萬のわざに、皆一定の道理ありて、暫時も此道をはなれがたし。凡夫といへど、此行ふべき道理のそなはる事、聖賢とかはらず。又いかなる愚人も、善をこのみ、惡をにくむ心あり、生れつきたる良智ありて、此道のかたはしを、少しは知りて日々用ひ行ふ。然らざれば、一日も世にたつ事かたし。君父にそむき、亂逆をなし、人とあらそひ、人を犯しかすめ、非法を行ひては、しばらくも世に立つべからず。されども凡夫は、此道を能く知り、能く行ふ事かたし。故に古の聖人世に出で給ひて、敎をたてゝ、道理を明かにして、これを書にあらはし給ふ。

新字:一此道理の天下にある処は、まづ吾が心を本とす。人にまじはれば、君臣、父子、兄弟夫婦、朋友の間、行ふべき道あり。又我が身の、万のわざに、皆一定の道理ありて、暫時も此道をはなれがたし。凡夫といへど、此行ふべき道理のそなはる事、聖賢とかはらず。又いかなる愚人も、善をこのみ、悪をにくむ心あり、生れつきたる良智ありて、此道のかたはしを、少しは知りて日々用ひ行ふ。然らざれば、一日も世にたつ事かたし。君父にそむき、乱逆をなし、人とあらそひ、人を犯しかすめ、非法を行ひては、しばらくも世に立つべからず。されども凡夫は、此道を能く知り、能く行ふ事かたし。故に古の聖人世に出で給ひて、教をたてゝ、道理を明かにして、これを書にあらはし給ふ。

書き下し

一此道理の天下にある処は、まづ吾が心を本とす。人にまじはれば、君臣、父子、兄弟夫婦、朋友の間、行ふべき道あり。又我が身の、万のわざに、皆一定の道理ありて、暫時も此道をはなれがたし。凡夫といへど、此行ふべき道理のそなはる事、聖賢とかはらず。又いかなる愚人も、善をこのみ、悪をにくむ心あり、生れつきたる良智ありて、此道のかたはしを、少しは知りて日々用ひ行ふ。然らざれば、一日も世にたつ事かたし。君父にそむき、乱逆をなし、人とあらそひ、人を犯しかすめ、非法を行ひては、しばらくも世に立つべからず。されども凡夫は、此道を能く知り、能く行ふ事かたし。故に古の聖人世に出で給ひて、教をたてて、道理を明かにして、これを書にあらはし給ふ。

現代語訳

この道理が天下にあるところは、まず自分の心を根本とします。人と交われば、君臣・父子・兄弟・夫婦・朋友のあいだに行うべき道があります。また自分の身のあらゆる行いにも、みな一定の道理があって、少しのあいだもこの道を離れることはできません。凡人であっても、この行うべき道理が備わっていることは、聖人や賢人と変わりません。また、どんな愚かな人でも、善を好み悪を憎む心があり、生まれつきの良い知恵があって、この道の一端を少しは知って日々用い行っています。そうでなければ、一日も世に立つことは難しいのです。主君や父に背き、反逆をし、人と争い、人を犯しかすめ、法にはずれたことをすれば、しばらくも世に立つことはできません。けれども凡人は、この道をよく知り、よく行うことが難しいのです。そこで昔の聖人が世に出られて、教えを立て、道理を明らかにして、これを書物に著されました。

解説

道理は外にあるのではなく、まず自分の心にあり、五倫の人間関係や日々の行いのすべてに通っていると益軒は説きます。凡人にも聖人と同じ道理が備わっているという見方は、人の性は善であるとする孟子・朱子学の立場に立つものです。それでも凡人はよく知りよく行うのが難しいので、聖人が書物に残したのだと続けます。誰もが善の種を持っているという信頼と、だから学ぶ価値があるという励ましが、ここに同居しています。

この章句が説くこと

道理五倫心良知聖人

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