大和俗訓 / 巻之二・為学下
天下の事、大小精粗萬事の道理、一として聖賢の書に明かに備はらざる事なし。たとへば日月の天に中して、萬物のかたち分明なるは、凡目あるもの、是を見ざる事なきが如し。其書を讀むものは、必其道をあきらめ、其理を我が心にたもち、身に行ひて、人倫にまじはり、萬事をつとめ、人民ををさむ。斯の如くにして、人の職分をつくして天地の間に立つべし。若如此ならざれば、人たるの道をうしなひ、人の職分かけ、天地の理にそむけり。凡物皆職分あり。天地は物を生じ養ふを心とし給ひ、天はおほひ、地はのする、これ天地の職分なり。萬物の微細なるも、皆各職分あり。雞の晨をつくり、犬の夜を守るの類、みな其物に生れ得たるわざをつとむるを以て、其物の職分を行ふとす。人は萬物の靈なり。その心本明かに、萬理備はれり。若人として身に備りたる理を行はずば、人の職分を空しうすといふべし。人を以て鳥獸にだもしかざるべけんや。
新字:天下の事、大小精粗万事の道理、一として聖賢の書に明かに備はらざる事なし。たとへば日月の天に中して、万物のかたち分明なるは、凡目あるもの、是を見ざる事なきが如し。其書を読むものは、必其道をあきらめ、其理を我が心にたもち、身に行ひて、人倫にまじはり、万事をつとめ、人民ををさむ。斯の如くにして、人の職分をつくして天地の間に立つべし。若如此ならざれば、人たるの道をうしなひ、人の職分かけ、天地の理にそむけり。凡物皆職分あり。天地は物を生じ養ふを心とし給ひ、天はおほひ、地はのする、これ天地の職分なり。万物の微細なるも、皆各職分あり。鶏の晨をつくり、犬の夜を守るの類、みな其物に生れ得たるわざをつとむるを以て、其物の職分を行ふとす。人は万物の霊なり。その心本明かに、万理備はれり。若人として身に備りたる理を行はずば、人の職分を空しうすといふべし。人を以て鳥獣にだもしかざるべけんや。
書き下し
天下の事、大小精粗万事の道理、一として聖賢の書に明かに備はらざる事なし。たとへば日月の天に中して、万物のかたち分明なるは、凡目あるもの、是を見ざる事なきが如し。其書を読むものは、必其道をあきらめ、其理を我が心にたもち、身に行ひて、人倫にまじはり、万事をつとめ、人民ををさむ。斯の如くにして、人の職分をつくして天地の間に立つべし。若如此ならざれば、人たるの道をうしなひ、人の職分かけ、天地の理にそむけり。凡物皆職分あり。天地は物を生じ養ふを心とし給ひ、天はおほひ、地はのする、これ天地の職分なり。万物の微細なるも、皆各職分あり。鶏の晨をつくり、犬の夜を守るの類、みな其物に生れ得たるわざをつとむるを以て、其物の職分を行ふとす。人は万物の霊なり。その心本明かに、万理備はれり。若人として身に備りたる理を行はずば、人の職分を空しうすといふべし。人を以て鳥獣にだもしかざるべけんや。
現代語訳
天下の事は、大小・精粗、あらゆる事の道理が、一つとして聖賢の書に明らかに備わっていないものはありません。たとえば太陽や月が空の真ん中にあって、あらゆる物の形がはっきり見えるのは、およそ目のある者なら見ないことがないようなものです。その書を読む者は、必ずその道を明らかにし、その理を自分の心に保ち、身に行って、人々と交わり、万事を務め、人民を治めます。このようにして、人の職分を尽くして天地のあいだに立つべきです。もしこのようでなければ、人としての道を失い、人の職分が欠け、天地の理に背くことになります。およそ物にはみな職分があります。天地は物を生み養うことを心とされ、天は覆い、地は載せる、これが天地の職分です。万物の細かなものにも、みなそれぞれ職分があります。鶏が朝を告げ、犬が夜を守るたぐいは、みなその物に生まれつき備わったわざを務めることで、その物の職分を行っているのです。人は万物の霊です。その心はもともと明らかで、あらゆる理が備わっています。もし人として身に備わった理を行わなければ、人の職分を空しくするというべきです。人でありながら鳥や獣にさえ及ばなくてよいのでしょうか。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『大和俗訓』巻之三・心術上一人は、天地の子なり。天地を法として行ふべし。天地は別に心なし、万物をあはれむを以て心とせり。別にしわざなし、万物を産み出し養ふを以てわざとせり。人も亦この心をうけて、常に人に恵みあはれむを以て心とすべし。別の念あるべからず。人をたすけ救ふを以てわざとすべし。別のわざあるべからず。故に天下の人、王公より以下庶人にいたる迄、日々行ふべき善事あり。善を行ふべき位にあり、時にあたらば、むなしく過ぐべからず。是天につかへ奉りて、天職をつとむるなり。
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『大和俗訓』巻之一・為学上一天地は万物の父母、人は万物の霊なりと、尚書に聖人説き給へり。言ふ意は、天地は万物をうみ給ふ根本にして、大父母なり。人は天地の正気をうけて生るる故に、万物にすぐれて其心明かにして、五常の性をうけ、天地の心を以て心として、万物の内にて、其品いとたふとければ、万物の霊とはのたまへるなるべし。霊とは心に明なるたましひあるを云ふ。天地は万物をうみ養ひ給ふ中にも、人をあつくあはれみ給ふ事、鳥獣草木にことなり。ここを以て、万物のうちにて、もはら人を以て天地の子とせり。されば人は天を父とし、地を母として、かぎりなき天地の大恩を受けたり。故に常に天地につかへ奉るを以て人の道とす。天地につかへ奉る道はいかんぞや。
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『大和俗訓』巻之一・為学上常人は近き父母につかふる道をだに知らずして心を用ひず。況や天地は極なき大恩あることを弁へずして、天地につかへ奉るは身にあづからざる事とおもへり。夫天地の恩は父母の恩にひとし。ここを以て身ををはるまで、常に慎んでつかへ奉り、力をつくすべき事、是人の職分にて、至りて重き大事なり。人たる者この理を知らずんばあるべからず。
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『大和俗訓』巻之二・為学下一此道理の天下にある処は、まづ吾が心を本とす。人にまじはれば、君臣、父子、兄弟夫婦、朋友の間、行ふべき道あり。又我が身の、万のわざに、皆一定の道理ありて、暫時も此道をはなれがたし。凡夫といへど、此行ふべき道理のそなはる事、聖賢とかはらず。又いかなる愚人も、善をこのみ、悪をにくむ心あり、生れつきたる良智ありて、此道のかたはしを、少しは知りて日々用ひ行ふ。然らざれば、一日も世にたつ事かたし。君父にそむき、乱逆をなし、人とあらそひ、人を犯しかすめ、非法を行ひては、しばらくも世に立つべからず。されども凡夫は、此道を能く知り、能く行ふ事かたし。故に古の聖人世に出で給ひて、教をたてて、道理を明かにして、これを書にあらはし給ふ。
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『大和俗訓』巻之一・為学上一天地の中に万物あり。万物の内、人ばかりたふとき物なし。かるがゆゑに万物の霊といふ。其霊たるゆゑに、心に五性あり、身に五倫あり、目に五色をわかち、口に五味をおぼえ、耳に五音をわきまへ、鼻に五臭を知る。鳥けだものには、此あまたの事一もなし。人となりて、かかるたふとき身を得たる事、まことに天地の間の大なる幸を得たるなり。しかるに人となれる道を知らず、禽獣に近くして、空しく此世を過し、人と生れたる身をいたづらになす事、くやしからずや。
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『大和俗訓』巻之一・為学上一或人の曰、儒者の学は、唯人道を知らば可ならん。天地の道を知るに及ぶべからず予答へて曰、天地の道は人道の本なり。天地の道を知らざれば、道理のよつて出づる所の根本を知らず。根本を知らざれば、天理の人にそなはり、人の天地にうけたる、天人合一のすぢめを知らずして、人道明ならず。故にまづ日用人倫の道を学んで後、天地の道を学ぶべし。聖人の易を学び給ふも此故ならずや。されども天地の道は、猶容易知りがたし。志を立つる事は、大にして高くすべし。小にしてひきければ、小成に安んじて成就しがたし。天下第一等の人とならんと、平生志すべし。世俗と同じく、賤しくひきくすべからず。かく志をたてて、日々月々につとめ行はば、久しくして其功つもりて、必人にまさるべし。上をまなべば中にいたり、中を学べば下にいたる。下を学べば功をなさず。又心は小にしてひきくすべし。人にへりくだり、日用常行のひききあしもとより行ふべし。心大なれば、おごりてつつしみなく、細行をつとめず。高ければ、人にたかぶりて謙徳を失ふ。
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